Valentine Kiss! - 5/5

 

[ベリー♡ベリー【孝翔】]

バレンタインには、いい思い出が無い。と言い出すと「日頃の行いのせいでしょ?」と言われてしまうのが俺の毎年のお決まりのパターンだった。この時期丁度、昔馴染みの呂庵との真ん中バースデーを言い訳にした飲み会を開く事が多くて、その際どちらからともなく、バレンタインの話になるのだ。そもそも、若い頃からこの業界にいて、多感な時期の大半を、「芸能界」という特殊な環境に身を置いている者としたら、バレンタインなんてそれこそ縁遠いもののように思うのだが、俺たちの場合は高校が校則に緩い校風だったから、それなりに、普通の男の子らしいバレンタインは経験してきたのだった。
──否、そんな生易しいものでは無かったから「普通の」と形容するには、些か語弊があった。
「あはは、流血事件起きたのって2年の時だっけ?」
「それは卒業式」
「うそ、高2の時だってば。女の子同士の喧嘩になっちゃったやつだよ」
ジョッキの生ビールを片手に、呂庵が笑う。いや、もうここまで来ると笑い事でも自慢でもなんでも無いが、アイドルをやっていた頃、高校時代はそれなりに、女子にモテる生活を送ってきた。とは言ってもツキプロのアイドルは恋愛は御法度だったから、特定の彼女を作って薔薇色の日々〜なんて甘い話は無かったんだけど、だからこそ「みんなの孝明くん」だった俺は、それはもう、今じゃ考えられないくらいにモッテモテだったのだ。バレンタインと誕生日が近かった事もあって、2月14日の帰り道は、両手じゃ抱えきれない量のプレゼント入りの紙袋を持ち帰る、それを、事務所で検閲する。一応、ファンからの贈り物は、生ものは受け取れない決まりになっていたから、女の子達は考えを巡らせたのだろう、手編みのマフラー、花束、手紙、なんかは可愛いものだ。プレゼントの中に数十万円くらいすると予測される腕時計が入っていた事もあって、流石にそれを発見した時はその場にいたみんなが引いていた。
呂庵が言うように、女の子同士が喧嘩になって流血沙汰になった事もある。俺の記憶だと卒業式の第二ボタンを巡った紛争だったと思うのだが、呂庵曰く高2の時にも同じような事が起きたらしい。とにかく、俺にとっての「女子」と「バレンタイン」にはあまり良い思い出が無く、高校を卒業して大人になってからは特に、事務所を通したプレゼント以外は受け取らないようにしてきたから、現場などでこっそり手渡されるようなチョコレートの類いも、全部丁重にお断りしてきたのだった。
「まーでも、大人になっちゃえば貰う機会も無いから、寂しいっちゃ寂しいよね」
「またまた〜、タカちゃんには翔くんがいるじゃん」
呂庵の言葉に俺はきょとん、と目を丸くした。
「翔くん」──その名前と共に、恋人の、白くふんわりとした笑顔が重なる。
いやいやいや、まさか。翔が、チョコレート?
「あれこそ、ないでしょ」
「ないの?ラブラブなんでしょ?」
そりゃあ、一応、翔とは恋人関係あるわけだし、バレンタインが恋人同士、チョコレートのように甘〜い愛を語る日なのだとしたら、俺が翔にチョコを貰ったところで、なんら不思議は無いのだけれど。いや、でも想像できない。翔が、チョコなんて。
「ないって……、去年は俺があげたし」
去年……のバレンタインはまだ付き合い始める前で、共有ルームで直助と優馬と一緒に手作りしたチョコをお裾分けに行ったくらいだったけれど、翔は思いのほか喜んでくれて、ホワイトデーにはお返しとして、可愛らしい色とりどりのギモーヴを貰ったのだった。
「だから多分、くれたとしても市販」
「市販⁉︎良いじゃん、愛が篭ってれば一緒だよ」
「でもさ〜、バレンタインにドキドキしたいじゃん」
「タカちゃんはバレンタインに何を求めてるの」
クスクスと笑う呂庵の笑い声は、ビールと一緒に流し込んで、俺はぼんやりと翔の顔を思い浮かべていた。バレンタイン、そりゃあ、期待はしてしまうけれど、それが男ってものだ。幾つになっても。でも、あの男に限ってそれは無いだろうと自信を持って言いきれるくらいには、俺は翔の性格を知った気になっていたのだった。だからほら、期待はしないものだって、神様も言ってる。

バレンタイン当日。満足げな顔で両手いっぱいの紙袋を手に帰宅した直助と優馬を捕まえて、俺は、チョコレート作りに勤しんでいた。今年は生チョコレート。ミルクとホワイトの2種類を用意している。いや、今年は作らない予定だったんだけどね、直助に「孝明さん、今年は作らないんですか?」って言われてしまったら、もーみんなのために作っちゃおっかなって思ってしまっていて、たまたま仕事が早く終わったのをいい事に、仕事帰りにスーパーに寄って材料を買い込んできたのだった。とはいえ今年は予定して無かったから、手軽に作れるものにしようと思っての、生チョコ。クルクルと湯煎で溶かしたチョコレートと生クリームを混ぜる優馬と、チョコのカケラをつまみ食いしてる直助に指示出しをして、手際良くチョコレートを完成させていく。
「孝明さん、ほんとに、今年も一個も貰ってないんですね」
「えー?うん。だって、お返しとか、大変でしょ?」
「ナオ、今年は、本命チョコ貰っちゃったんだよね」
「あー、それ!言うなって‼︎内緒‼︎」
「あはは、ごめんごめん」
「でも本命って、重くない?どうするの、そのチョコ」
「流石に貰っては来ませんでしたよ〜、丁重にお断りしました」
俺のそんな問いには、そう言いながらウンウンと肯いている直助の後頭部を眺めていた俺の耳に、ドサリと、何か重たいものが落ちる音が聞こえて思わずばっと振り返った。
あっ、と言葉を飲み込んだ俺の代わりに、「翔さん」という優馬の声が重なる。
翔が、なんでここに?という俺の疑問は、両サイドの二人の賑やかな声にかき消された。
「おかえりなさい、翔さん。どうしたんです?」
「……楽しそうな話し声がしたから、ちょっと覗いてこうかなって思ってね」
「翔さんもすごい荷物!チョコレートですか?」
「う、うん。スポンサーの方から、頂いて……、お高いチョコもあるみたいだから、よかったら食べにおいで?」
「わー!やったー!」
「ありがとうございます、後で上にお伺いしますね」
翔はそうやって、ふんわりといつも通りの柔らかな笑顔を浮かべていたけれど、その笑みが一瞬翳っていたのを俺は見逃していなかった。袋を抱えて部屋を後にする背中見つめながら、けれどもすぐに追いかけられないもどかしさを抱きつつ、俺はパタパタとココアパウダーを振るっていた。

ピンポン、と玄関に備え付けられた、インターフォンを鳴らす。
一度では反応が返ってこなくて、俺は二度三度、ピンポンピンポンと繰り返しボタンを押す。
数拍置いてガチャリと開いたドアの向こうから顔を出した翔は、珍しく、目に見えて沈んでいた。
「…………なに」
僅かばかり不機嫌そうに、俺を見上げる一対の瞳。それを見下ろして、苦笑しか出てこないのが申し訳無いが、俺はへらりと笑って皿に乗った白と黒のチョコレートを指差す。
「翔さんに、ハッピーバレンタイン?」
「…………」
むすっとした顔は多分俺の気のせいでは無い。
翔は何か言いたげな目線で俺を見上げると、そこでようやく「入って」と、入室を促された。
翔の部屋は、相変わらずというか何というか……いつ来てもとっ散らかっている。これでも付き合い始めて俺が生活に介入するようになってからはだいぶマシになったのだが、床に散らばった本やら衣類を踏まないようにして、ソファの方へ歩を進める。そうしてふと、リビングルームのテーブルの上に、小さな紙袋を見つけて俺は首を捻った。茶色のクラフト紙の紙袋は、けれどもよくある有名ブランドのチョコレートの袋とは違っているように見えるけど。
「これも、貰ったチョコ?」
お茶でも入れるのだろう、カウンターキッチンでお湯を沸かしながらじっと俺を見つめていた翔の瞳が分かりやすく揺らいで、そっと伏せられる。
「……そ、そう。孝明、コーヒーで良かったかな?」
「何でもいいよ、翔の好きなのにして」
貰い物、の紙袋に入ったチョコレートの隣に、さっき作った生チョコを置いて、俺はキッチンでいそいそとコーヒーを入れている、翔の様子を探っていた。
お湯が沸いた音と共に、キッチンからはコーヒーのいい香りが漂ってくる。
お揃いのマグカップを二つ、トレーに並べた翔が俺の隣までやってくると、テーブルにトレーを置いて、俺の隣にそっと腰を下ろした。……この微妙に空いた距離はなんなんだと思ったが俺はそれを敢えて問わずに、さっき作った生チョコを指で摘んで、翔の前に差し出す。
「はい、アーン?」
なんでか、機嫌が悪いのは分かっていたのだが、それでも条件反射なのだろう、差し出されたチョコレートには、大人しく口を開けてしまう様子が可愛くて、俺は思わずクスリと笑ってしまう。赤い舌の上に黒いチョコレートを載せてやると、そしたら翔は今度はそれが面白くなかったらしく、口の中に入れたミルクチョコレートをあむあむと咀嚼しながら、ジトリと俺を睨みつけてくる。
「……………ずるい、美味しい、」
「………………なんだそれ」
「去年も思ったけど。君のチョコは、世界一美味しい」
「そりゃあ、どーも?」
ミルクチョコレートが口の中から消えたのを確認して、今度はホワイトチョコの方を差し出す。翔はこれも大人しく、俺の手からぱくりと口にすると「美味しい」と呟いていた。
三粒目、今度は自分から手を出してチョコレートを摘んでいるのを確認して、俺もふふと笑う。良かった、食べてくれるみたいだ。となると今度はこちらの袋が気になるのだが……、と、そっと袋に手を伸ばそうとすると、「待って、」と、小さく翔の声が重なった。
「こっちは、なんなの?」
「…………これはぼくが食べるの」
「……俺にはくれないの?」
「…………」
つん、とそっぽを向いてしまった翔の腕を引いて、その細い身体を、ギュッと腕の中に抱き締めてしまう。二人の間に微妙に空いていた距離が一瞬で縮まって、俺の腕の中では、もごもごと苦しそうな声が上がっていた。
「しょーお?」
「…………重いって、」
「は?」
「……きみが、『本命は重い』って、」
「はーぁ?」
即座に、さっきの、直助と優馬との会話を聞かれていたのだろうと察した。「本命って、重くない?」確かに俺は、本命チョコを貰ったと言う直助に、そんな意味合いの事を言っていたのを思い出す。いや、だってそれはさぁ、見ず知らずの子から貰う本命チョコの話であって、俺らのこれとは、話が違うくない?って、俺は思うんだけど?てか、これ、チョコレートなの?翔から俺に?
色気のないクラフト紙の紙袋をジッと見つめながら、翔からのプレゼントで分かりやすく喜んでしまうくらいには、俺は単純な男だった。
「恋人からのチョコに、重いとか軽いとかなくない?」
「…………ない、けど、」
「第一おまえ、俺の本命チョコ、食べてるじゃん」
「それはきみが、食べさせてくるから、」
腕の中で、尚も何かを言いたげな翔の瞳を捕まえて、その眉尻にそっとキスを落とす。長い睫毛がくすぐったそうにふるふると震えて、夕暮れ色の金色の大きな瞳に、じっと俺だけを写していた。
「……それに、君のチョコが世界一美味しいから……ぼくが作ったのを……並べたくないなって……思っただけ」
「は?」
「作ったんだ、手作り。……岳と一緒に作ったから、多分、食べれるものは出来てるはずだけど」
翔の言葉を全部聞き終わる前に、俺はバッと腕の中の翔を解放して、自分はテーブルの上の紙袋に向き直る。袋の中身は上品そうな白いリボンが掛けられた茶色の小さな箱で、リボンを解いて箱を開けると、小さなチョコレートが4つ、綺麗に収まっているのが目に入った。チョコレートのカップに、ホワイトチョコが流し込まれていて、上に乾燥ベリーが散らされている。これ、手作りなの?市販みたいに綺麗だけど。パチパチと瞬きをして、箱の中身のチョコと、翔の顔とを交互に眺めて言葉をうしなっていた。俺は翔の性格を決めつけていたのだ。バレンタインなんて絶対に無縁だし、あってもあのぶきっちょさんが手作りなんて持ってくるわけがないから、デパートとかで買った市販なのだろうなって、そう、思い込んでいた、のに。
俺はもう一度ぎゅうっと、翔を腕の中に閉じ込める。
「たかあき、……苦しいよ、」
やばい、めちゃくちゃ、嬉しい。どうしよう、ここはなんか格好いいフォローを入れたいものだけれど何も見つからない、それくらいに、嬉しくて仕方がない。
「俺、好きな子から手作りチョコ貰ったの、生まれてはじめて……」
「えぇ?」
「本当にありがとう、……どうしよう、すっげー、嬉しい……」
そこでようやく、腕の中に抱かれた翔がふふとご機嫌そうに笑って、自分で作ったのだと言うチョコレートを指で摘んで俺の前に差し出す。
「……ねぇ、待って、勿体無くて食べれない」
「はい、アーン」
「ちょっと……、しょう、」
指先から、舌の上に乗せられた一粒。カップのビターな苦味と、甘いホワイトチョコレート。それから甘酸っぱい、ベリーの味がした。そうして「美味い」と言った俺の唇は、機嫌良く微笑んだ、翔の唇に絡め取られる。翔の口は甘い、ミルクチョコレートの味でいっぱいだった。

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