極夜 - 12/18

11.木枯らし【リダ孝】

忘れられない存在がある。誰にも打ち明けた事は無かったのだが。
これは、俺が、前の部隊にいた頃の話だ。

北方遠征の最中であった。この国は冬が長くて夏がずっと短いのだと、案内人の男が教えてくれたのを思い出す。雪が散らつく空を見上げながら、かじかむ指先にはぁと息を吹きかけて、擦り合わせて寒さを凌いでみるけれど、そんな事は意味を為さないくらいの寒さだった。領地拡大のための視察も兼ねた先遣隊が送られるという話を聞いていて、寒い地域は嫌だなぁ程度に思っていたら自分の所属していた部隊が選ばれてしまったのだ。その頃の俺はまだペーペーの新人で、所属していた部隊でも下から数えた方が早いくらいの下っ端だったのだが、そこの小隊の隊長が男の俺から見てもとにかく良い男で、俺はその人をずっと尊敬していたし、隊員も気のおける同期や頼りになる一期上の先輩もいて、本営からも、大きな期待を寄せられていた。北方への遠征、とはいえ悪くはない任務だと思っていた。その時は、純粋に。

まさかこんなに、過酷な任務になるとは誰も思わないだろう。
最後に温かい食事にありついたのはいつの事だったか。冷たい飯をかき込みながら、行けども行けども雪景色の行軍は続けられていた。全く、領地拡大とはいえ、こんなに雪しかない土地を得たところで何の得になるのだと文句の一つも言ってやりたいくらいだった。落伍者が出ないのが不思議なくらいで、それもこれも、部隊が精鋭揃いだったのと、人格者である小隊長の力によるところが大きい。頼りになる男だった。ずっと、その背中を見て歩き続けた。
ある日、隊長と二人きりで陣の見張りをしていた時がある。
凍てついた体温を温めてくれるのが酒で、瓶に入っている酒を二人で分け合って飲みながら、その人はからりと笑って言ったのだ。「孝明、俺は、」と。その人はいつだって、隊の人間を下の名前で呼んでいた。その方が親しみを持てるだろうと、笑って。いつも笑っている男だった。
「孝明、俺は、みんなの足元を照らす灯台になれているだろうか」
どうしてそんな事を俺に聞いてくるのかわからなかったが、けれど、彼は、間違いなく俺たちにとって、行き先も分からぬ、足元だって覚束ない、そんな中を照らしてくれる存在だった。
俺は躊躇う事なく「えぇ、もちろんです」答えたのだった。隊長はいつもの笑顔で笑っていた。

結局、北方遠征は一人の死者を出す事もなく無事に終了した。その実績を評価されて参加者は皆昇進し、隊長も佐官階級へと上がったと風の噂で聞いた。風の噂だ。隊は解散して、隊員はそれぞれ別の場所に配属される事となったのだ。軍隊ではよくある事だ。苦楽を共にした仲間たちだ、違う場所に離れ離れになってしまっても、それぞれ活躍していてくれると嬉しい。
そんな風に思っていた、矢先。俺の耳に飛び込んできたのは隊長が絶命したとの知らせだった。
殉死であったと聞く、前線で指揮を取っていたのだと、聞いていた。俺が耳にしたのはその程度だったのだが、そう語る、友の目には涙が滲んでいた。彼もまた、一緒に北方遠征を共にした仲間だった。同期であるこの男との縁は続いていた。酒を酌み交わしながら、その口から語られる隊長の思い出はどれもこれもが懐かしくて、俺も涙をこぼしそうだったのだが、必死で堪えていた。

忘れられない人だ。多分一生。
彼は俺の、灯台だった。

【絶命】
命が絶えること。死ぬこと。

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