16.雷光【岳ルカ】
ルカはぼんやりと、窓の外に降る雨を眺めていた。遠くの方では雷も聞こえる。
雨は冷たくて痛いもの。雷は、怖いもの。小さな頃はずっと、雨の日が嫌いだった。
親に関する思い出なんてない。物心ついた頃には花街に売られていて、そこで出逢ったのが幼馴染の岳だった。ここに売られた者は、下男として店に奉公をして一生を終えるか、或いは遊女として客に色を売るかのどちらかだった。ずっと幼い頃はそれがどういう事なのかを理解出来なくて、この狭い世界に閉じ込められているのが耐えられなくて、二人でよく脱走を繰り返していた。店を抜け出しては見張りの男に捕まり、店の主人に折檻をされたものだ。前に居た店での話だ。外の世界が見たかっただけなのに。ルカも、岳も学習をしなかった。脱走を、繰り返して、それで毎回折檻された。俺は、「この子は売り物になるから、傷跡が残らないようにね」と言われて、岳ばかりが叩かれる日もあった。店主の目を盗んで揃って叩かれる日もあって、そういう日には酷い痣が腕や足に残る。痛かったけど、苦しかったけど、ここで生きるしかなかったから、必死で耐えていた。不思議な事に、そういう日は毎回雨の日だった。叩かれて叩かれて、それで、冷たい雨露の下に放置される。
だから雨は嫌い。冷たくて、痛い。泣いていると、必ず岳が背中を摩ってくれるのだ。小さな手は、だけどそれはそれは温かかったのを覚えている。ルカは狂気を含んだ瞳で郭の方をジッと睨みつける。地獄だと思った。大人なんてクソだと思っていた。
「ルゥ、大人になったら必ず、ここからお前を外に出してやる」
「……やだよ、がっくん。二人で一緒に出るんだろ?」
「あぁ、そうだな」
そうやって励まし合える。ルカにとって岳の存在だけが、地獄の中に差し込んだ一筋の光だった。
そんな、大昔の事を思い出してしまったのは、外が土砂降りの大雨だったからだ。ルカも、岳も、あの後一緒に店を変えて、今の店に籍を置くようになってからは、脱走する事も、酷い折檻を受ける事も無くなった。それもこれも、先輩芸者である翔のおかげだったんだけど、こんな雨の日には嫌でも思い出してしまう。ドブに生きる小さなねずみみたいな存在だった、昔の思い出を。
「ルゥ、起きてたのか?寝ないと、夜の仕事に差し支えるぞ」
「…………がっくん」
部屋を覗き込んだ、岳と視線を交わす。
ここでの暮らしは本当に穏やかだった。家族みたいな仲間に囲まれて、お客さんも良い人ばかりで、ルカは舞の才能を認められて、芸者の修行を積んでいた。いつか街一番の、……いや、世界一のスターになるという夢もある。もちろんお稽古なんかは楽な事ばかりではなかったけれど、稽古も、仕事も頑張れるのは、いつだって側に岳がいてくれたからだった。
大切な、自分の命よりも大切な存在だ。ルカは岳を抱きしめて、その肩口でそっと囁く。
「いつか俺が立派になったら、がっくんに外の世界を見せてあげる」
それは、途方もない約束だったけれど、地獄の中で交わしたあの幼い頃の約束よりはよっぽど、希望が見えた。ルカの髪に頬を寄せて、岳が「はは」と笑う声が聞こえた。
雨も雷も、もう怖くはない。
「楽しみにしてるな」
「……あーもう、信じてないでしょ?」
【雷光】
いなびかり。いなずま。

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