翳りゆく部屋 - 2/5

[***acacia]

暦の上では7月になる頃、夜明け前なのにどこかじっとりと汗ばむような暑さを感じながら、ベランダのベンチに座って、日が昇るのを待っている所だった。寝室から持ち出した煙草を一本だけ取り出して、ライターで火をつける。ハタチに成り立ての頃、一瞬だけ喫煙の真似事をしていた。それは大人への憧れみたいなものもあったし、優等生であった自分への反抗心みたいなものでもあって、そういうごちゃ混ぜな感情が行き場を無くしてしばらく吸っていたんだけど、どうしても美味いとは思えないまま、気付いたらやめてしまっていたのだ。その頃ちょうど、仕事が忙しくなっていたから、吸う暇が無くなっていたのが良かったのかもしれない。けれど、ここに来てから、ほんのちょっとだけだけど、これに手を出してしまっている。最初は隠れて吸っていたけれど、見つかったところで翔は何も言わなくて、ただゆったりと微笑んで「一本頂戴」と、箱の中から一本の煙草を拝借して慣れた動作で火をつけていた。
「吸った事あるの?」という俺の問いかけには「さぁ」と曖昧に微笑むばかりだったけれど。
「君はいつもちゃんとしてるから、こういうところを見ると安心する」
煙草の煙を燻らせて、夜明け前の空の中で笑う、翔の姿を思い出していた。夕焼けに似たその瞳の色は、朝焼けにも良く似ているなんて、思ったりもして。ちゃんとしているつもりなんてなかったけれど。翔はその繊細な指先で俺の頬を撫でて、もうひとつだけクスリと笑うのだ。
「僕は結構、無精髭なんかも大好きなんだけどなぁ」
「一応、ゲイノー人だから、ね?」
「ふふ……誰にも会わないのにそんなだから、君はちゃんとしてるんだよ」
翔が愛おしげに触れていたその場所に、今度は自分で触れてみる。チクチクとした手触りを指先に感じて、あの寝坊助が起きてくる前に、何か言われる前に、剃ってしまおうと考えていた。
別にちゃんとしているわけではない、俺自身が、どうしても気になってしまうだけだ。あの愛おしい存在に頬擦りする時に、痛かったりくすぐったかったりしたら嫌だなぁって。

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