ワードパレット『color』 - 10/13

[chapter:9.うすむらさき(二凰)]
与えられた愛、鏡、花束

しとしとと、雨音が二つ並んだ傘を叩く。静かな雨が降っていた。天気予報では関東でも梅雨入りを告げていて、数日前から続く雨は止む事はなく、今日も朝からずっと雨。久しぶりにシューズボックスから取り出したスニーカーには、家を出る時に防水スプレーを吹きかけていたから足元が不快になる事は無かったけれど、朝、鏡を覗き込んで必死に直した寝癖が、撮影を終えた帰り道、湿気で復活していて。しかも、それを二葉に発見されてしまって。「本当に珍しい」とマジマジと言われてしまったのだ。
こうも雨続きだと気が滅入ってしまう。
「はー……」っと深いため息を吐き出した俺に、隣を歩く二葉が苦笑していた。
「凰香も雨、苦手な人?」
「……あ、いや、雨自体は嫌いじゃ無いんだが……」
凰香「も」というその言い方に、こいつの兄の顔がチラついたのだが、俺のは別に、頭痛持ちとか、機嫌が悪くなるとか、そういうんじゃ無い。雨だって、普段はそんなに嫌いでは無かったし、ただ単純に、晴れ間の無い空が続いて、少しばかりうんざりとしていただけで。
「……毎日毎日、雨だなぁって、思っていただけだ」
だから傘を傾けてそう、小さく愚痴をこぼした俺に、二葉は穏やかな笑みを浮かべている。傾けた傘に雨水が滴って落ちて、ぴちゃん、と、地面を跳ねた。
「あ、じゃあ、……雨も悪いことばかりじゃないよ、ってね」
「え?」
ふふふ、と笑う二葉に、首を傾げる俺。二葉が足を止めたから、俺もそれに続いて。
そこは、いつもだったら通り過ぎてしまう、駅前に店を構えた小さなお花屋さんだった。

二葉が選んでくれたのは、薄紫色の紫陽花をベースにした可愛らしい花束で、ラッピングに綺麗なリボンまで結んで貰った。家に持って帰るだけなのに、ここまでしてもらって申し訳無いなと思いつつも、その花束を見下ろして、気持ちもちょっと、晴れやかになるから不思議だ。紫陽花の花束なんて作れるのだなと感心してしまった。目を丸くして紫陽花を見つめている俺を見て、二葉も嬉しそうに笑っていた。
「ありがとう、二葉」
「えへへ、どういたしまして。帰ったら花瓶に飾ろうね」
「そうだな、きっとコミュニケーションルームも華やぐ」
二葉のこんな優しさはいつもの事で、俺はこの優しい二葉にいつも甘やかされている。二葉から与えられた愛情を、甘受している、自覚はあった。だって、その想いがあんまりにも真っ直ぐで、人の感情の機敏に疎い方の俺ですら、分かりやすい好意だったから。
二葉の愛情は心地良い。ゆりかごみたいに優しく、温かく、俺をふわりと甘やかす。
「今日はみんな遅いって言ってたから、凰香のためだけにご飯作っちゃおっかな」
「何が食べたい?」って、そんな急に言われても。でも、二葉の手料理は俺も大好きだった。本人は「兄さん直伝」って言うけど、どこか懐かしい、「オフクロの味」がする。
「お肉?凰香は魚だよね?鯖ならうちの部屋にあるけど」
「……サバの味噌煮が食べたい」
「良いよ。煮物とかと合わせたらいいかなぁ、どっちにしても買い物してこうか?」
柔らかな笑顔は、ただそれだけで心が落ち着く。半歩前を傘を差して歩く二葉の背中を追いかけて、思ってしまう。この、傘の分だけ開いた距離がもどかしいなって。

だからやっぱり、雨というやつは厄介で、早く止めば良いのになって、思ってしまう。

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