[chapter:10.きみどりいろ(優ルカ)]
最初の約束、指輪、くちびる
ルカさんの指に、いつも見慣れない指輪を見つけたのは、まだ桜の花も散りきっていない、春先の事だった。最初はその、右手薬指のシルバーリングを見て、ルカさんの誕生日はとっくに過ぎてしまっていたけれど、「遅れて貰ったプレゼントかな?」と思っていたのだ。だってルカさんはその指輪をすごく気に入っているように見えたし、お出掛け……俺はデートだと思ってるんだけど、そんな、日常的なお出掛けでも、その指輪を着けているのをよく見かけたから。それなのに、「誰から貰ったんですか?」とは、素直に聞けない俺である。聞けば良いのに。一応、「ルカさんの彼氏」は俺なのだから。でも、だからと言って普段身につけているアクセサリー一つ、そんな、些細な事を気にする小さな男だって思われたくなくて、子供だなって、面倒な男だなって、思われなくて。今も、ルカさんの指輪を見つめて悶々としている。
「どうしたの?」
その、アイスミルクティーをかき混ぜる指先を見つめて固まっていた俺を覗き込んで、ルカさんはきょとんと、不思議そうな顔をしていた。
「な、……なんでも、ないです」
「えぇ?今日もうずっと上の空だよ?大丈夫?具合でも悪い?」
「いえ、ほんと、……そういうんじゃなくて……」
ルカさんは今日も可愛い。
桜色のほっぺたと、くちびるが、喫茶店の窓から差し込む光を受けて、つやつやしてる。
なんでもないです、って顔を背けてしまった俺の不自然さも、この人には一瞬でばれてしまうのだ。怪訝そうな表情のままで俺をジトりと見つめる、ルカさんのほっぺたが、ぷぅっと不機嫌そうに膨らんでいた。
「そういうのダメって俺言った!」
「……言われました」
「隠し事は?」
「う……、しません……」
それは、最初の約束だった。ルカさんとお付き合いをする事になって、改めて、この人と向き合って、一番最初に「指切りげんまん」をしたのだ。二人の間に隠し事はしない、って。嘘はつかないって。俺はそんな男らしいルカさんがかっこいいなって思ったし、この人に、嘘や隠し事をするなんてあり得ないと思っていたのだ。その時は。今となっては、である。隠し事はしたくない、けど、俺のこの幼稚なヤキモチを、素直に打ち明けてしまって良いものかって、胃の中がぐるぐるしていた。
あぁ、ルカさんの視線が痛い。
「す……、素敵な指輪だなって、思って見てました」
「は?指輪?……あぁ」
一瞬、なんのことだ?って顔をして、すぐに自分の指に視線を落とす。言ってしまった、けど、なるべく棘が立たないような言い方が出来たはずだった。ルカさんも、なんの疑いも無く着けていた指輪を外すと、それを親指と人差し指で摘んで、俺に見せてくれる。
なんの、変哲も無い、シンプルなシルバーリングに見えるんだけれど。
「玲司くんがくれたんだ」
「玲司、さん?」
そこで、思ってもいなかった人物の名前が出てきて、俺は飲んでいたコーヒーでむせかけたのだけれど、ルカさんは本当に、気にしていないのだろう、サラリと言葉を紡ぐ。
「ハンドメイドの一点ものなんだけど、サイズが合わないから、って」
「は……?え?」
「もったいないよねー、ちゃんとサイズ見て買いなよって言ってやったけどさ〜」
ルカさんの、言葉をそこまで聞いて、「なんだ」って呟きが漏れ出しそうになったのを、俺は寸前で堪えた。玲司さんから貰った、そこまででも俺は相当驚いていたと思うんだけど、それで、サイズが合わないからくれた、だと?お洒落な二人だから、そういう事もあるんだろうか、服の貸し借りをするとか、そういう感覚で、指輪をあげるのか?ほっとした気持ちと訳がわからない気持ちとでまた胃はぐるぐると回っていて、コーヒーを頼んだのは失敗だったなって後悔していた。胃が、痛い。
「か、かっこいいなって、思ってました」
「でしょ〜?シンプルだから合わせやすいんだよね」
ルカさんはそんな風に、なんでもない事のように言う、けれど。
幼稚な、俺は、どうしても納得出来なくて。俺の頑固な部分が「面白くない」って思ってる。いやいやいや、相手は、芸能界の大先輩で、すごくお世話になっていて、だから、そんな感情を抱いてしまう事も間違っていると思うんだけど……いや、でも。
ふつふつと湧き上がるヤキモチをどこにぶつければいいのか分からないでいた。
「ルゥ、あれ?指輪が変わってる」
「えへへ〜、ちょっと遅い誕生日プレゼント?」
ルカさんの左手薬指。
それはなんの変哲も無いシルバーリングで、でも内側に、黄緑色の石が埋め込まれている。

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