ワードパレット『color』 - 13/13

[chapter:12.だいだいいろ(直歩)]
必要十分の恋、シーツ、太陽

どうすればあなたがずっと笑っていてくれるんだろう?とか、しんどい思いをしていないかな、とか、歩さんと一緒に居て、俺はそれまで以上に人の感情の変化に機敏になったと思う。歩さんは俺みたいなわかりやすいタイプではない。そりゃあ、美味しいものを食べたり可愛いものを見た時にふと顔を綻ばせる事はあるけれど、それがとてつもなく可愛らしいんだけど、そういうのを目撃するのも稀で、だから俺は、どうすればあなたが笑ってくれるんだろうかって、ずっと考えているのだ。その笑顔を独り占めしたいなって。
俺の部屋のベランダには、二人分のサンダルがある。片方、オレンジ色のクロックスもどきは、ここに来てから自分で洗濯をするようになって、天気の良い日はベランダの物干し竿に干していたから、あった方が便利かなって、渋谷のドンキで買ってきたものだった。もう一つ、黒の細身のサンダルは歩さんの方。歩さんは明け方に何となしにベランダに出て朝焼けを見るのが好きらしくて、最初は俺のサンダルを使っていたんだけれど、俺も一緒に朝焼けを見るようになってからは、サンダルが一足だと不便だからって、歩さんがどこかで買ってきたのだ。
今ではこうやって昼間に揃ってベランダに出て、コーヒーを飲んだり、他愛もない話をしたりして、時間を潰す事もあった。歩さんが淹れてくれたコーヒーは美味しくて、コーヒーが苦手な俺でも飲みやすいのだ。今日も、太陽が天辺まで登りきった正午過ぎ、さっきまで洗濯機に入っていたシーツが洗い上がったから、干していたら、歩さんがコーヒーを淹れてくれた。
「飲むか?」
「ありがとーございます!」
季節は春、お天気の良い日はコートなんかもいらなくて、今日だってお散歩日和だった。
だから洗濯が終わったら、どこかに行きたいなって思ってて。思っていたんだけど、昨日の夜は少しばかり無理をさせたから、体調はどうかなって心配だった。しんどくは無いかな?機嫌は悪く無いかなって、洗濯物を干し終えてコーヒーを受け取った俺が、砂糖多めのその美味しいコーヒーをごくごく飲みながら歩さんの顔色を伺っていると、歩さんもまた機嫌が良いらしくて、微笑みを浮かべながら、俺も知ってるロクダンの歌を、鼻歌で口ずさんで、お日様を眺めて居たから、あぁ幸せだなぁって思ったのだ。
あなたがいて、俺の隣で笑ってくれていて、俺はそれを見つめている。
たったそれだけで俺は満足だった。必要十分の恋だったのだ。
「歩さん?飲み終わったら、お散歩に行きませんか?」
「良いな、どこかで昼ご飯を食べて来ようか」
「はい!美味しいお蕎麦屋さんを教えて貰ったんですけど、歩さん、蕎麦は好きですか?」
「あぁ、いいと思う」
これも、蕎麦が好きな先輩から聞いた情報だった。美味しいお蕎麦屋さんが寮の近くにあるから行ってみると良いって、その話を聞いて、真っ先に歩さんを誘おうと思った。俺の生活の真ん中にはこの人がいて、歩さんが喜んでくれると俺も嬉しかったから。
「……」
「……?どうしました?」
歩さんが、きょとんとした顔で俺を見つめていた。だから俺も不思議そうにその顔を覗き込むと、歩さんはふっと笑ってコーヒーをごくりと飲み込む。
「直助といると、毎日がラッキーデーだな」
目を、丸くした。幸せそうな、歩さんの笑顔。
それは多分、俺にとって最大級の幸せだったから。

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