[chapter:2.くろいろ(岳孝)]
罰、歩道橋、昔の話
孝明さん曰く、この『真夜中のお散歩』はいつも不定期に行われているらしい。
たまに俺がそれに遭遇すると、三十分のお散歩が二時間にも三時間にも増えるのだから困ったものだった。だって孝明さんが嬉しそうに笑うから、付き合ってしまうのだ。
この、『真夜中のお散歩』に。
今日だって渋谷で飲んだ帰り道だった。近いから歩いて帰ろうって孝明さんが言い出したから、まだ電車もあったけれど、歩いて帰る事になって、多分普通に歩いて帰れば三十分もかからない道のりなのに、この人と一緒だと二時間はかかるのは目に見えていた。
「明日、仕事じゃないんですか?」と問えば、ほろ酔い気分の背中から、
「午後から打ち合わせがあるだけ〜」と返ってくる。
俺の方は、といえば、明日がオフな事も、さっきの飲み屋で既にばれていて、だからもう、断る理由も何もない、あとはこの人の、他愛もないお喋りと深夜徘徊に付き合うだけ。
渋谷は大きな道路が多いから、こんな風に歩道橋が隣接してる。ちょっと歩いて迂回すれば大きな交差点もあるんだけど、孝明さんは目敏くもそんな歩道橋を見つけては駆け上って、てっぺんで、真夜中に走っている自動車のライトを見下ろして楽しそうにはしゃぐのだ。
「がく、見て。きれい、」って。
「……一本吸ってっていーい?」
「お好きにどうぞ」
手の中にあるのは、さっきコンビニで買ったらしい、真新しいタバコの箱で。孝明さんは慣れた様子でそこから一本取り出すと、暗闇の中でそっと火をつける。ジ……と音を立てて着火したタバコを見つめていると、真っ白な紫煙が寒空の中に立ち昇った。
「岳は……と、吸わないんだったよね」
「えぇ、すみません。お付き合い出来なくて」
「いーや。なんか意外だから、こういう事は一通りやってそうなのになって」
孝明さんの、言わんとする事は分かる。俺は大昔、まだ高校生くらいだった頃に地元で、すこーしヤンチャをしていて、そういった方面の友人も多かった時期があった。別に隠す事でもないし、ロクダンのみんなには知れ渡っていたから、多分孝明さんもそのツテで聞いたのだろう。俺の周りのカッコイイ大人たちはみんな、タバコを吸っていて、まだ子どもだった俺は、そういうのに憧れた時期もあっただけだ。
「むかーし、大昔に一度だけ、吸ってた時期がありましたけどね」
「やめれたんだ」
「昔の話ですからね、憧れていた大人になれなくてやめただけです」
そう、結局はやめてしまった。大学に入って、そういう連中と連む事がめっきり減ってしまってからは、俺は山が好きだったし、運動が好きだったし、単純に「体に良くなさそう」という理由からタバコを手放した。元々そんなに依存してなかったからやめるのは容易かったし、同じ頃演劇を始めていたから、他に楽しみを見つけてしまった面が大きかった。
けれど、今になって思うのは。俺の『憧れている大人』が吸っているのなら、今から手を出すのもやぶさかではないと思ってしまうのだ。その、紫煙を燻らす後ろ姿を眺めながら。
孝明さんを形成するのは、危うい美しさだ。この人が、真面目そうに見えて一通りのヤンチャな事をやって来ている事も、俺はこの人から聞いて知っていた。酒に煙草にギャンブル、ピアス、脱色、そんな戯れ全てを「若気の至り」だと言ってのけるこの人が可笑しくて、興味深くて、つい、踏み込んでしまった。世話焼きなのは性分だ、こういう、面倒ごとに首を突っ込んでしまうのも、昔からの、俺の、悪い癖で。
だからこの人がとんでもなく魅力的に、俺の目に写っていた。困った事に。
「俺も吸おうかな」
「やめられたならやめときなって。やめられなくなっちゃうよ?」
孝明さんは一人で、時々ものすごく寂しそうな顔をして笑う。
まるで、何かの罰を背負うように。
放っておけないのだ、だって、手放してしまったら何処かにふよふよと飛んでいってしまいそうで。俺はそれがずっと気になってしまって、この人に寄り添うのをやめられないでいる。まるで、あなたこそがタチの悪いニコチンのようだ、と思いながら、その中毒性に溺れていた。

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