ワードパレット『color』 - 5/13

[chapter:4.あかいろ(紗翔)]
車内、手のひら、ショートケーキ

「槍でも降るんじゃない?」とは、出掛けに俺に弁当を持たせた、二葉の言葉である。
免許は、高校を卒業した春に取得していた。実家にいた頃は車に乗る機会もあったのだけれど、二葉が免許を取ってからは俺は専らその助手席専門で、自分で運転なんて、感覚を忘れない様にする程度だったのだ。その俺が。わざわざ事務所の許可を取って車を借りてきているのだから笑える話である。だから冒頭の二葉の言葉にも否定するのも面倒で、「うるせーよ」とだけ言い残して家を出てきた。知り合いから借りてきたのは二人で乗るには広めのSUV。最新の車種で運転もしやすく、程良く空調の効いてきた真新しい車内で、助手席に座っていた人間がふぁ、と欠伸を噛み殺していたから、欠伸が俺にも移った。こっちは欠伸を隠そうともしないで大あくびをして、その流れでチラリと横目で隣の人物を伺う。
「よく起きれたな、お前のところの武士二号に感謝しろよ」
「ふふ……今日の悠人は容赦が無いなぁって思ってたけど。君の差し金だったか」
二葉が作った弁当を膝の上に置いて、白い容姿をした……雰囲気までもが真っ白なそいつは、前方に広がるフロントガラス越しの青空を眺めて、クスクスと優雅に笑っていた。

事の発端は……、言い出しっぺはこいつ、翔の方なのである。たまたまコミュニケーションルームで二人きりで、まぁ、一緒に居るのが翔だったからわざわざ部屋に戻るのもなと思っていた俺は、昼寝から起きた寝惚けた頭で一緒にテレビを見ていたのだ。夕方の情報番組では鎌倉にあるカフェの紹介をしていて、そこのメニューの苺のショートケーキを見つけて「美味しそう!」と目を輝かせていた翔に、何を思ったのか「食いに行くか?」と言い出してしまっていて、翔は、珍しく驚いたように目を丸くしていた。
「……珍しい。一紗から言ってくれるなんて」
「食いたいんだろ?ショートケーキなら作ってもいいけど」
「うーん……、それも魅力的だけど。せっかくだし、一緒に食べに行きたいな」
翔の雰囲気には、飲まれやすい自覚はあった。こいつの柔らかな物言いは、人に無理強いをさせないようでいて、けれどもうんと素直に頷いてしまう不思議な何かがある。今日の件も完全にそれで、気付いたら俺の方がスマホを取り出して、さっきまでテレビに出ていたカフェの名前を調べていた。
「うわ……、結構駅から歩くぞ」
最寄りの駅から徒歩二十五分、鎌倉では珍しく無い事とはいえ、流石にまだ寒さも残るこの時期に二十五分も歩かされるのはぜってぇヤダって思って、そんな表情をしてたらしい俺に、翔はあからさまに悲しそうな顔をしている。
「一紗とお出掛け出来ると思ったのになぁ……」
シュンとしてしまった翔に、言い出した手前、後には引けなくなった俺。
こんな面倒な事、普段だったら絶対自分からは言い出さない。そんな事を言ってしまっているのは、相手が翔だからであって、断じてこれは俺の本意では無かったのだ。
「……車で行くか」
「ぼく、国際免許なら持ってるよ?」
「いやいい、俺が運転する」

最初からこうするしか無かったのだ。聞けばこいつ、日本では運転した事のない完全なるペーパードライバーらしく、それで「免許持ってるよ?」なんて言い出すのだから末恐ろしい。珍しくオフが重なったこの日、天気にも恵まれて、ほんと、持ってるなんて思いつつ、乾いた手のひらでハンドルを握って前を見据える。
助手席に座った翔はさっきからずっと機嫌が良い様子で、鼻歌まで歌っていた。
「お弁当食べても良い?」
「あぁ……何入ってんのか俺もわからないけど」
「えっとね〜、おにぎりと、唐揚げと卵焼きと……」
「じゃあ唐揚げ」
「は〜い」
二葉の事だから、唐揚げも今朝揚げた物なのだろう。休日なのによくやる……と思いながらも、よく教育の行き届いた弟である、その味だって、俺のお墨付きだった。冷めても美味い。
車を運転していたから止まってから食えばいいかなと思っていたが、ちょうど良く赤信号に差し掛かって緩やかに車を止めたところで、翔の方をパッと振り返ると、翔はいつもの笑顔はそのままに、「はい」と唐揚げの乗っかった箸を差し出している。なんの躊躇いも無いその様子に、僅かばかり面食らって、それから、されるがまま、「あーん」と口を開けてしまう。
優雅な所作で、口に放られた唐揚げを咀嚼して。
ほらやっぱり、二葉の唐揚げは冷めても美味いのだ。
「……んまい」
「ふふふ〜♪僕も食べよう」
こうなってしまえば、もう完全に、翔のペースだった。
ショートケーキのためにここまでするなんて、って最初は思っていたけれど。

まぁたまにはこんな休日も悪くはない。

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