とうとうその日が来てしまった。今日は11月1日、直助の、お誕生日。
恋人と過ごす恋人の誕生日は生まれて初めてだった。この歳になって初めての事があるのか?と思われるかもしれないけれど、そもそも誰かとまともにお付き合いをするのが初めてなのだ。そんな事を言い出して嫌われてしまうのは嫌だったから俺の恋愛遍歴は誰にも明かすつもりはなくて……でもどうやらルカには勘付かれていたらしい、今日この日が来るまで、ルカは逐一、俺のことを気遣ってくれていた。「歩くん、プレゼントは決まった?」「一緒に探しに行こうか?」「仕事は休めるの?」エトセトラエトセトラ……結局お互いに忙しくて買い物に行く事は叶わなかったけれどもプレゼントは用意できた、今日は仕事も昼までにしてもらって、帰りにデパ地下に寄って簡単なデリも買ってきた。今日でハタチ、お酒も解禁との事でアルコール度数低めの小さなスパークリングワインも。もちろん、VAZZYのみんなとお祝いするだろうから、お酒も料理も控えめにしたし、ケーキはそちらで食べてくるだろうから買っていない。テーブルの上に料理を並べてフゥとひと息吐き出すと、俺はそれまで被っていたフードを脱いで、ダイニングテーブルの片方の椅子に腰を下ろした。
今日おろしたばかりの、パーカーのフードに付いている、ふわふわの猫耳を撫でる。
猫耳、そうだ、猫耳だ。最初はルカに、猫耳と尻尾のついた、女性用のちょっといかがわしい下着みたいな服を勧められて、「本当に勘弁してくれ」と懇願してなんとかそれは免れたのだ。「じゃあ」と、代わりに取り出されたのがこのふわふわの耳がついたグレーのロックみたいな毛色のルームウェア上下で、どこかで見たようなそれに不満げな表情を浮かべる俺に、ルカが笑って言った。
「これじゃあ悠人とお揃いじゃないか」
「こっちはレディースなのでナオくんのバズパジャマとデザイン違いで〜す」
長袖の、耳付きパーカーに、尻尾の付いた下はショートパンツで、履くとちょうど太ももが見えてひんやりとする。足を見せるのか?!と思わないでも無かったが、でもまぁこれくらいだったらと、素直に俺はそれを受け取ったのだ。着てみたらやっぱり足元が覚束ないし、スースーするけど、直助の誕生日なのに俺がここまでしてもらって申し訳無いなって思いもあった。それから、先日のルカと優馬の「お揃い」がほんのちょっと羨ましかったのだ、それは、ルカには言わないけれど。
そうして満足げに部屋を去っていったルカを見送って、直助の来訪を待つ。
先ほどスマホでメッセージを確認して、ちょうどVAZZYのみんなとのパーティを終えたところだと言うから、まもなくこの部屋を訪れるだろう、そんな事を考えていると、タイミング良くピンポンと部屋のインターフォンがリビングに鳴り響いた。
「歩さ〜ん!……って、うわっ!!なんですか?!その服……」
「あーー、もう……絶対その反応が来ると思ってたんだ、お前に見せたらもう着替えるからな」
玄関先に顔を出した直助は、俺の姿にびっくりしたみたいで、その、まん丸の瞳をより一層丸くさせていた。だからもうそれすらも申し訳無くて、玄関のドアを無理やり閉めて真っ赤になった俺に、同じ高さにある血色の良い顔が、その大きな瞳に俺を映してキラキラ輝く。
「え〜?なんでですか?めちゃめちゃ可愛いですって」
「…………かわいくない……」
「似合ってます!可愛いです!俺もバズパジャマ、着てくれば良かったな〜」
「ノースリーブは寒いだろう……」
「あはは!実は、そうなんですよね〜」
直助は手慣れた動作で玄関の鍵をがちゃりと閉めてしまうと、機嫌良さげに俺の腰を抱く。そのままチュっと重なった唇の熱に身を委ねていると、それはもう楽しそうな男の表情が俺を覗き込んだ。心なしか陽気なのも、いつも血色の良いほっぺたが今日はより一層ピンク色なのももしかして。唇は歯磨き粉のミント味がしたけれど、もしや、と俺はその幼さ残る笑顔を伺う。
「…………結構酒を、飲んでいるだろう?」
「結構、までは行ってないと思うんですけど……、俺あんまり強くないみたいで」
みんなに止められましたって、直助はクスクスと楽しそうに笑う。今日はハタチの誕生日だった。だから直助の成人を待って、今日は優馬と一緒にお酒を解禁するのだと、孝明さんが昼間から嬉しそうに酒のつまみの料理を作っているのを見かけていた。初めてのお酒だし、既に顔が赤い直助の様子から見ても酒に弱いと言う彼の言葉は本当みたいだし、と、俺は冷蔵庫の中のスパークリングワインを思い出していた。あれもアルコール度数は控えめだけど、酒は酒だからなぁ。
「じゃああんまり飲まない方が良いかもな。ワインも買ってみたんだが……」
「え〜?!そうなんですか?歩さんと一緒だったら、飲んでみたかったなぁ」
「今日はやめておこう、保護者に怒られそうだ」
「あはは」
リビングダイニングへとやって来た俺たちは、テーブルに並べられた料理を一瞥して、顔を見合わせてふっと笑いをこぼした。保護者、そう、こいつの過保護な保護者達の顔が頭に浮かぶ。
VAZZYの可愛い末っ子で、昨日まで未成年で、大事にされているのだ。そういうのも微笑ましいと思うし、そんな直助を独り占めしてしまっている、それも嬉しさと申し訳なさで半々だった。
「ワインも料理もとっても魅力的なんですけど」
「……なんだその顔は」
気付いたら直助に、手を引かれていた。手のひらも熱く熱を持っていて、こんな時も子供体温なのだなと思ってしまう。料理の並んだダイニングをスルーして、二人で手を繋いで寝室のドアの前に立ち尽くしていた。ふるふると、今日ハタチになったばかりのあどけない顔で、俺の庇護欲を唆るような表情をしてみせる、これは、直助お得意の「おねだり」の顔だ。
「せっかく猫歩さんが可愛らしいので、先にこっちを頂いても良いですか?」
細い指先がお尻に付いたふわふわの尻尾を撫でて、直助が笑った。
そんなに言うなら仕方ない、今日は誕生日なのだから、特別だ。料理は冷蔵庫に入れてしまって明日の朝食べるとして、プレゼントを渡すのも明日でいいだろう。抱きしめられて猫耳パーカーの頭を撫でられながら、今はこのまま、この可愛い恋人の誘惑に流されてやろうと決めた俺だった。

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