「もう帰っちゃうの?」
そんな言葉を、その華奢な背中に投げかけてしまったのは衝動的なものだった。
相当、変な事を言ってしまった自覚はあって、玄関先で靴を履いていた翔が、案の定面食らったような表情で俺を見上げている。「もう帰っちゃうの?」なんて、付き合ってから今日まで、今の今まで口にした事は無かったのに。
「どうしたの?」
ふふ、と少しだけ嬉しそうな色を滲ませて、翔は大きなプレゼントの袋を抱えて笑っている。
「いや……、ごめん。困らせるつもりは無くて」
「……僕は嬉しかったけど、」
「ごめん、忘れて」
「やだよ、忘れません」
クスクスと笑ってしまう。そんな応酬を玄関先で繰り広げて、俺は少しでも、翔がこの部屋を去っていってしまうのを足止めしているのだ。
4月15日の夜、翔の誕生日の夜に約束をして、一晩を明かした。部屋を訪れるなり何よりも先にベッドに押し倒された俺は、せっかく用意したケーキもプレゼントもほったらかしで求められるがままに、本日の主役であるこの男の誘いに応じたわけで、その分朝は少しだけ早起きをして、昨日食べ損ねたまま冷蔵庫に入れておいたケーキを食べて、渡す予定だったプレゼントを渡したところだった。急ぎ足、とはいえ誕生日のお祝いは一通り終えて、あとは翔を彼の家族——ROCK DOWNの皆の元に返してやらなければいけない時間だったのだが、靴を履いてこの部屋を去ろうとしている翔の背中に、先の通りの言葉を投げかけてしまったのは、もう、我ながら、幼い、と言うか何と言うか。
恥ずかしくて顔を背けた俺は、くい、と手を引かれて、そのまま、唇と唇とが重なる。チュっと僅かに重なっただけの優しいキスに、翔の微笑がこぼれ落ちて、そのまま、二人の間に挟まったプレゼントがぎゅっと潰れた。
「最高のプレゼントをありがとう」
そんなもの、俺の方が貰ってばかりだって言うのに。
翔は宝物みたいに大事に、俺があげたプレゼントを両手で抱えて、ご機嫌そうに笑っている。
「……悲しそうな顔しないで?今生の別れじゃ無いんだから」
「……あーー……」
そんな顔、しているつもりは無かったのに、翔が可笑しそうに笑っているから、わかりやすく顔に出てしまっているのだろう。分かってるんだけど。昨夜は一晩中、散々独り占めさせてもらったから、翔を、みんなの所に返さなきゃいけないって事は。でも、このまま帰してしまうのが惜しくて、駄々っ子みたいな事を言っているのも、分かってるんだけど。
俺は言葉にならないため息を漏らして、その場で頭を抱える。
翔は嬉しそうに、そんな俺を見上げて笑っている。
「……今晩、会いに来てもいいよ?」
「いや、流石にそれは……今夜はみんなに祝われてきて、」
葛藤の中で、最後に理性的な部分が働いてそう告げると、翔は笑い声を残して部屋を去っていってしまう。誰もいなくなった一人の部屋で、最後に一つ盛大なため息が漏れ出して、俺は耐えきれずにその場に蹲った。頭を抱える。
昼から仕事だった、支度をしなければならない。

コメントを残す