HAPPY HAPPY BIRTHDAY‼︎【2020誕生日SSまとめ】 - 9/12

 

恋とは、人をこんなにも変えてしまうのだ。もぞもぞとベッドを抜け出すと、セミダブルベッドに身体を小さくして眠る愛しい存在を見つけて、俺は思わず笑みを浮かべてその頬を撫でた。長めの赤毛は緩く一つにまとめられていて、ブルーグレーの枕に鮮やかなピンク色の花を咲かせている。いつもは俺を映して爛々と輝いている、夜空の星を溶かしたみたいな明るい金色の猫みたいな瞳は、今は気持ち良さそうに閉じられていた。下着姿に、Tシャツ一枚、二人で寄り添い合って眠ればちょうど良かったけど、一人にしてしまっては昨夜から付いているクーラーは些か寒いのかもしれなくて、足元にくしゃくしゃになっていたタオルケットを手繰り寄せて、その華奢な身体に掛けてあげる。
ルカさんがこの部屋を訪れたのは昨日遅くだ。まさか、会えるなんて思ってもなかったのだ、だって、一昨日の夜も一緒で、一緒に誕生日当日の零時を迎えてくれて、それだけでももう充分だったのに。二日連続で、なんなら三日連続で、この人を独り占めすることになってしまうが、今日くらいは許してほしい。だって俺の誕生日なのだから。今までこんな風に誰かを想った事はなかった、恋とは、盲目なものなのだと言い訳を並べて、昨夜もまた、二人で一夜を明かしたのだった。

その翌朝である。早朝も早朝であった。まだ、六時前。夏の日の出は早いとはいえあたりはまだ薄暗く、そっとベッドを抜け出した俺は寝室のカーテンは開けずに、リビングから一続きのベランダに出る。外は、もう部屋着だとだいぶ涼しかった、このまま日中も過ごしやすい気候になれば良いのになどと思いながら、ベランダに置いたサンダルに足を通す。
ハタチになったら、やりたい事がいっぱいあった。お酒を飲んでみたい、一人だけで海外に旅行に行ってみたい、車の免許を取りたい、ファンの方と交流するイベントがしてみたい、それから。
中々アイドルをやっているうちは難しい夢もあったけれど、時間はいっぱいあるのだ、ゆっくり叶えていけば良いと思っていた。お酒は、昨夜も言ったけどナオが飲めるようになるまで待つつもりでいて、そしたらVAZZYみんなで飲もうなって孝明さんが嬉しそうに笑っていた。
それからそれから、と、寝室から持ってきた、内緒の小箱をそっとベランダの太い手すりに置く。
それは好奇心、みたいなものであった。世間からは「優等生」や「王子様」って目で見られる事の多い俺の、反抗心なんかも少しだけ含んでいる。これだけはナオを巻き込めないから、俺だけの秘密。コンビニで年齢確認されたのは生まれて初めてだった。身分証なんて学生証くらいしかないなと思いつつ差し出したそれを、店員のお兄さんは二度見して確認してくれて、ようやく入手したのだ。銘柄は適当、ライターも適当に買ってきた。ドキドキしながら箱から一本取り出して、恐る恐る火をつけてみる。着火に少し手間取った。これを、吸い込むのだ、煙を肺に入れて、吐き出すところまではわかる。わかる、知識としては、昨日ちゃんと調べたから。……しかし、一気に煙を吸い込みすぎたらしい、俺は、情けなくもそのままゲホゲホと盛大にむせ込んでしまう。
「ふっ……」
ふと、誰もいないはずのベランダから人の笑い声が聞こえてギョッとした。
別にもう成人しているのだから、法的には何も問題はないのだ。けれどもどこかで「見つかったらまずい」という思いはあって、無意識のうちにタバコを隠してしまう。
「へたくそ」
今度はちゃんと、クスクスと、楽しげな笑い声が聞こえた。
俺は声のした方に目をやると、隣の部屋からだった。隣は、ナオの部屋。このマンションのベランダは緊急避難用の目隠し板の向こうから、ちょっと顔を出すと、お互いのベランダが丸見えで、その声色から、声の主もすぐに分かっていたんだけど。俺がぱちぱちとその目を疑ったのは、その、目線の先に見つけた人が夜明けのナオの部屋から出てきた事と、その細い指先にも、俺が持っているのと同じ「物」を見つけたからだった。
「あ、……歩さん……」
ゲホゲホむせこんで、未だに涙目の俺とは対照的に、歩さんは、おそらく寝起きなのだろう、血色のあまり良くない頬に笑みを浮かべて、細身のタバコを器用に吸っていた。いつもはパジャマだって聞いていたけど、今日は素肌にカジュアルなデザインのパーカーを羽織っていて、誰の趣味なのだと勘繰ってしまう。パーカー越しにもわかるほどの細い腕で気怠げに手すりに寄りかかると、細く淡い紫炎を、夜明けの空にゆっくりと吐き出す。それが、あまりに綺麗で、儚くて、眩しい。
意外な人の意外な一面を、こんな風に垣間見る事になってしまうとは。
驚いているのは多分俺だけだ。どうしようかと思い倦ねていると、指先が熱い事に気付いて、慌てて火を消してしまう。勿体ない事に、これでは一本無駄にしたようなものだった。
「ふふ……、ルカに怒られないのか?」
「怒らないとは、思いますけど……、内緒にしててくださいね」
「……どうしようかな」
「あゆむさん……」
歩さんは楽しそうだった。いつもは美人なのに無表情な人だって思ってたけど、今の歩さんは完全に面白いおもちゃを見つけた子供のような、無邪気な表情を浮かべている。まさかこの人が、周りに言いふらすとは思えないけれど、あんまり他人には明かしたくない事情だ。優等生の殻を破りたいって言いつつも、実際のところ一番そのイメージに囚われているのは自分自身なのだと、こんなところで実感してしまって、そんな風に口を噤んだ俺をみかねたのか、歩さんはいつもよりも明るい調子で、悪戯っ子みたいに笑って言った。
「じゃあ、二人だけの秘密だ」
「…………そっちの方がルカさんに怒られそうです」
「……結構嫉妬深いからな」
その人が、今も俺の部屋のベッドで寝ている、とは言えなかったけれど、歩さんはもしかしたら気付いているのかもしれない。性格は正反対なのに、ルカさんと歩さんは不思議と仲が良くて、よく一緒に出掛けたりするのも知っていた。俺が歩さんと二人だけの秘密を作ってしまったら、ルカさんが面白くなさそうな顔をする事も分かっていた。そんな顔も可愛いのだけれど。
だから、と、俺はタバコの箱をトントンと手すりで叩いて、次に出てきた一本を取り出す。
「教えてください。吸い方」
そんな俺の言葉には、歩さんは、目を丸くして。フゥと煙を吐き出す。空はもうだいぶ明るくなっていて、遠くの方に見える朝日が眩しくて目を細めていた。
「俺が教えたって言うなよ」って、短くなったタバコの火を消しながら、歩さんは綺麗に微笑む。

 

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