きらきら星に願いごと★

昔々ある所に、美しい王子様が暮らしていました。

これはそんな、物語の冒頭部分。例えば俺が女の子だったら、「いつか王子様が……迎えにきた!」なんて、夢見がちな事を思ったのかもしれない。けれども俺は残念ながら男で、むしろ自分自身が仕事で王子様役を演じる事もあったりする。お芝居だったら、俺の事を見てくれるみんなの王子様でありたかった、それは舞台に立つ、俺が常日頃思っている事。
だからこれは少しばかり、俺の中ではイレギュラーな事態なのである。
「好きです」
「は?」
ジッと俺の事を見つめる男の子は、世間一般の女の子受けが良さそうなよく整った目鼻立ちをしていた。いわゆるイケメン。指通りの良さそうなふわふわのブロンドと、透き通るようなアイスブルーの瞳がキラキラと輝いている。春の訪れを感じる季節の一コマの、美しい風景、だった。朝から降り続けていた雨が上がって、虹が綺麗だったから散歩にでも出掛けようかなって、思い立った、そんな穏やかな昼下がりの事。綺麗な子だ、というのが俺の第一印象。それに加えて、物腰柔らかで、とても礼儀正しい。その瞳に見つめられて恋に落ちない子はいないってレベルの究極の美形に捕まって何事かと思いきや、王子様──白瀬優馬は俺を見つめて、真っ直ぐに、そんな事を告げた。
「え?好き?…って、え?」
「好きです……あぁぁ、どうしよう、言っちゃった……」
先にも言った通り、俺は出掛けるところだったのだ、それをピンポンと部屋のインターフォンを鳴らして訪れたこの子によって、ギュッと腕を掴まれ、封じられた。だからここは、玄関先。
「好きです」の、たった一言、けれどもそれは、これ以上の言葉は無いんじゃないかってくらい、熱烈な、愛の告白だった。
「好きって……?え?君が?俺を?」
「そうです、俺が……あなたを、」
「……だって、……そんな、」
俺の狼狽も最もだと思って欲しい。だって俺たちは、と、言いかけた口を噤む。
ずっと、格好良い子だなって思っていた。最初はその程度の存在だったのだ。同じプロジェクトの、お隣りのユニットの王子様。舞台での仕事が多い俺とは一緒に活動する機会はそんなに無いけれど、それでもちょこちょこ、プライベートで一緒に遊ぶ機会はある。彼の親友であるナオくんを含めて三人で出掛けたり、コミュニケーションルームでお話ししたり。優馬くんとの距離が近付いたのは、昨年の冬くらいの事。初めて二人きりでお芝居を観に行ったのがきっかけで、急速に距離が縮まった。元々相性が良かったんだと思う、話が弾んで楽しくて、ずっと一緒にいても飽きない。なんていうのか、波長がよく合って、それでいて、何事にも真面目で、真っ直ぐな彼の隣はすごく心が落ち着くのだ。好きだなぁって、なんとなく思っていた。思うだけだ、口にする事はなかった……いや、何度か言ったかもしれない。俺は割と、好きなものは好き!って言葉に出しちゃう方だから。でも、本気で付き合おうだなんて考えてなかった、お互い忙しかったし、何より同性の、しかも後輩に手を出すなんてって、俺の方が避けていた部分が大きい。それぞれ活躍するフィールドがあって、優馬くんなんて特に、人気が安定してきた頃。スキャンダルなんてとんでもないと思っていたのだ。それが。
「好きって、どういうことかわかって言ってる?」
「わかってます、ちゃんと。……好きなんです、いえ……ずっと、好きでした」
真剣すぎる程の想いは、ちゃんと伝わっている。握られた手首が痛いくらいだった。
真っ直ぐなアイスブルーに捕らえられて、いつもはおしゃべりな俺が、次の言葉が紡げないでいる。好きだって言われても。そんな、芸能人で、男同士の俺たちが、一般的なお付き合いなんて出来るわけないじゃんって思っている自分もいて、正直、返答に迷っていたのだ。
耳まで真っ赤に染めて、俺を見下ろす一対の瞳。どこまでも澄み切ったその色には嘘はつけないって分かってるんだけど。俺だって好き、大好き。そんな想いで胸がいっぱいだったけど、どうしていいのか分かんなくて俺は思わず、握られていた手を、ギュッと握り返してしまう。
「お、俺は、」
溢れすぎた想いが、口から漏れ出してしまいそうだった。実際喉元まで出かかった言葉を、必死になって抑えていた。言うな、俺、って最後の理性が止めにかかってる一方で、言ってしまえば楽になれるのにって唆してくるもう一人の俺。けどもう、そんな葛藤を繰り広げている時点で、俺の答えは決まっていたのだ。繋いだ手のひらが熱くって、もうどちらの熱なのか分からない。
「好きです」
崖っぷちに立たされた俺の背中を押すように、もう一度、優馬くんの声が静かな空間に響く。
なんて甘い響きなんだろう。この声が好きだったのだ、この顔が好きで、優しいところも、上品なところも、ずっと好ましいと思っていた、一緒にいるのが心地良かった。
それで、俺はどうなりたかったんだっけ。
「る、ルカさん?」
ぎゅっと、気が付いたらその背中に手を回している俺がいて。
後には優馬くんの驚いたような声と、鼻先をくすぐるお日様みたいな香りで満たされていく感覚。
「お、俺も、……好き」
あぁ、言ってしまったのだ、と嘆いている俺が見えた気がしていた。
言ってしまった、もう、後には戻れそうにない。これまで二人の間にぽっかりと空いていた隙間と隙間を埋め合うみたいに、俺は彼の肩口にぴたりとおでこを寄せる。恐る恐る肩に手を回されて……抱き締められる形になって、ようやく観念したらしい。俺は、君が好きなんだって、こんな風に触れて欲しいってずっと思ってたんだって、気付いたらもう、止まらなくて。
「好き……、大好き……、」
「ルカさん、」
「俺もずっと、好きだった」
俺は元々、好きなものは好きだと言ってしまうタイプなのだ。
だから、と言い訳を重ねて、溢れ出す想いを吐き出し続けた。想いが止まらない、好きって言葉も、気持ちも。優馬くんは俺を抱き締めながら、静かに俺の言葉を受け止め続けてくれていた。

誰かをこんなに好きになる事なんて本当に久しぶりで、だからこそ俺は、この幼くて甘酸っぱい関係を大切にしていこうと思っていた。それくらい、大事だったのだ。可愛い可愛い俺だけの王子様。恋バナも、エッチな話も苦手だと言っていた彼の言葉にうんうんと同調して、「ゆっくり進んで行けばいいよ、俺たちは」なんて笑って、年上の余裕を見せていたわけだ、この時の俺は。

***

「で?どういうわけだ?お前は俺に惚気るためにここへ呼び出したのか?」
最近出来た甘味茶屋に歩くんを呼び出したのは、初夏の爽やかな陽気が心地良い、五月も終わりのある日の事だった。歩くんは、さっきまで運ばれてきたあんみつに目を輝かせていたというのに、ポツポツと語り出した俺の言葉には、そうやって怪訝そうな顔を向けている。
「惚気じゃないって〜、俺は真剣に悩んでるの!」
「だったら尚更だ。恋人が出来たなんて言われても、俺には範疇外だ」
「もー、話聞いてくれるくらいいいじゃん!」
彼もまた、優馬くんとはタイプが違ったけれど、息を飲むほどの美形だった。繊細な指先でスプーンを摘んで、白玉が口に運ばれて行くのを「綺麗だな〜」なんて思いながら眺めている。
美味しかったのだろう、歩くんは空になったスプーンに数度、長い睫毛に縁取られた瞳を瞬かせて、今度は餡子を載せて、ゆっくり、お上品に咀嚼していた。形の良い唇が口を開く。
「話を聞くだけ、とお前は言うけれど、絶対俺を厄介ごとに巻き込むだろ?そんなのごめんだ」
「……ぐっ、」
「良いじゃないか。恋人が出来た、幸せいっぱいなんだろ?何も悩む事ないじゃないか」
「でも俺は幸せいっぱいじゃないの!」
ダンッと力強く叩いたテーブルが跳ねて、歩くんが咎めるような視線でこちらを見つめていた。騒ぎすぎたって思いながら、俺はちょっとだけ大人しくなって、目下の抹茶パフェにスプーンを伸ばす。
抹茶のアイスと白玉団子、それから春らしい桜のクリームのピンク色が可愛くて、俺は、ここにはいない愛しい恋人の姿を思い出す。そう、ずっと好きだった人と両思いになれた、そんな幸せいっぱいの時期なはずなのに、俺の中で燻る、この複雑な感情はなんだ?
カップの中でくるくると混ざり合う抹茶の黄緑と桜のピンク色に、ずっと心がもやもやとしていた。
「幸せじゃ、ないんだって、……その、向こうが、なんていうか全然手を出してこなくって、」
幸せいっぱいだって、思ったのだ。最初は。
ずっと好きだった相手と、両思いだって知って、好きだって言って。めでたく交際スタート。どう考えても、ラブラブな毎日が待っている筈じゃん!期待しちゃうじゃん!それなのに。付き合って以来、具体的には告白されたあの日に抱きしめられて以来一カ月間ずっと、優馬くんは俺に手を出してこようとしなかったのだ。それどころか、触れる事にすら躊躇ってるみたいで、二人で出掛けても、部屋で二人きりになっても、キスどころか、指一本触れてくれない始末。エッチな事なんてとんでもない!とでも言いたげに、純粋培養の王子様は俺の隣に収まってニコニコと微笑んでくれるのだ。「好きです」って言葉はいっぱいもらった。そりゃもう、挨拶のようにいっぱい好きって言ってくれるんだけど、じゃあ挨拶みたいにキスしたって良いじゃん!ハグしたって良いじゃん!って思ってしまうのが俺の持論。俺の方は、元々、スキンシップ沢山取りたい派なのだ。
「俺はもっと‼︎ラブラブしたいの‼︎」
「…………なんだそれは」
「こんな事、歩くんにしか相談出来ないんだよ〜……」
「だから、なんで俺なんだ」
歩くんが一層、怪訝そうな顔で俺を覗き込んでいる。だから俺は、なんでもないようにして、抹茶アイスを口に運びながら、世間話の一つみたいに軽く、話を切り出したわけ。
「俺知ってるんだ〜、……歩くんが、ナオくんとお付き合いしてるの」
「ブーーーッ‼︎」
「わーーーー!だ、大丈夫⁈」
「ゴホッ‼︎……ゴホッ、ゲホッ……」
「水っ、水飲んで!」
俺の言葉に、勢いよく餡子を吹き出した歩くんと、焦る俺。
個室で良かった、なんて的外れな事を考えながら、水を飲んでも未だ咳き込み続ける歩くんの背中をさすってやって、俺ははぁ、と重たいため息を一つ吐き出した。申し訳無い。今となってはだけど、こんなに焦らせるつもりは無かったのだ。
「ゴホッ……、な、なんでお前がそれを知ってるんだ」
「俺偶然、明け方に歩くんの部屋から出てくるナオくんに遭遇しちゃって」
「はーぁ⁈」
「ナオくんには、その時めちゃくちゃ口止めされてたんだけど……」
歩くんの、怒りが混ざったようなこの表情は、まぁ分からないでも無い。俺も確かに、少々不用心では無いかと思いながら、両手を合わせて頭を下げるその若者の後頭部を見つめていたのだ。所謂『朝帰り』の場面に遭遇してしまったのは本当に偶然だったんだけど、だって、朝帰りってつまり「そういう事」でしょ?勘の良い俺じゃなくても、他の誰かだったとしてもすぐに気付いただろうし、見つかったらまずいんじゃないかって分かってるからこそ、これは只ならぬ事態なのだと察して、俺はこの事は誰にも言わないでおこうと心に誓ったわけだけど。歩くんは当事者なわけだし、言っても良いかなっていうのは俺の勝手な判断。
「……俺は正直、直助にも怒っているが、直助に口止めされてるのにその事を俺に言ってきたお前にも怒っている」
「それはもうごもっともで……」
「絶対誰にも言うなよ」
「もちろん、黙ってる!……でも、俺のお願いも聞いて!」
「は?」
歩くんの形の良い眉毛がピクリと動いて、アクアマリンの澄んだ瞳が、ジッと俺を見つめる。
側から見れば脅しのような光景であるが、ここまで来てしまったらもう背に腹は変えられないだろうと、俺は心を鬼にして……心は鬼だけど出来るだけ可愛く見えるようにして、パチンと目の前で手のひらを合わせて歩くんに詰め寄る。
「ダブルデートをしよう!歩くんとナオくんと、俺と優馬くんで!」
「は?ダブルデート?」
「そう、ダブルデート。俺遊園地でダブルデートするの夢だったんだよね〜」
「俺は嫌だぞ……、大体なんで優馬…………、は?えっ、お前まさか恋人が出来たって、」
あれ?俺言ってなかったっけ?歩くんの信じられないものを見るような視線を受けて、ここまでのやり取りを思い返す。そういえば言ってなかったじゃん!俺!って自分にツッコミを入れつつ、ペロリと舌を出して、「ごめんごめん」と誤魔化すように笑って見せた。
「あはは〜!そう!だから、歩くんなんだよね〜」
「……お前は、最初からこのつもりで……、」
「お願い‼︎俺たちの仲の進展に協力すると思って‼︎」
「そんなの尚更二人で行けば良いだろう、俺に出来ることなんて何もない!」
「お願い歩くん〜〜!ナオくんには俺から話つけておくからさ!ね!」
「あぁぁぁ、やっぱり厄介ごとに巻き込む気じゃないか……」
あんみつを食べ終わってガックリと項垂れる歩くんに、そこまでの事か⁈と思いつつも、俺は素早く手元のスマホを操作して、直近のスケジュールを探る。次の舞台はいつからだったっけ、大きなイベントや地方ロケは無かったはずだよなって、そんな事を考えながら、テーブルに突っ伏してしまった歩くんの後頭部の、綺麗なつむじを見つめて思うわけだ。楽しいデートになれば良いなって。
「楽しみだな〜、何着て行こっかな〜!」
「俺は憂鬱でしかない……」
そんな、歩くんだって、ナオくんとのデート楽しめば良いじゃん、なんて。
その時の俺はその程度に思っていた。歩くんとナオくんの、事情なんてつゆ知らずに。

***

快晴だ、とカーテンを開けてまず、そんな事を思う。俺自身は結構な雨男で、でもきっと他の三人が俺の雨男パワーをひっくり返すレベルの晴れ男なのだろうとなんとなく思う。季節は夏へと移り変わろうとしているところだったけれど、梅雨の時期にも関わらず空はカラッと晴れて、暑過ぎず、寒過ぎずのいい陽気。最初は乗り気じゃ無かった俺も、お誘いから一週間経つくらいになると次第に考えを改めるようになっていて、実はこっそり楽しみにしていた。だから昨日は少し寝るのが遅くなってしまって、今朝は珍しく朝寝坊した。九時過ぎに食堂に朝ごはんを食べに訪れると朝のジョギングを終えたらしいルカがいて、一緒にごはんを食べながら「絶好の遊園地日和だね〜」って笑って言っていたから、俺も嬉しくなって「あぁ」と笑顔で頷き返した。
本当に、絶好の遊園地日和だ。ルカが発した、「遊園地」という言葉を心の中で反芻する。
少しばかり、気がかりはある……が、友人と遊園地に行く、という事が自分の中で思ったよりも嬉しい事だったらしく、高鳴る胸を押し隠して、俺はなんてこと無いように朝食の味噌汁を啜った。

その、都心からは少し外れたところにある、都内某所の遊園地を選んだのはルカだった。最初は有名な某ネズミの島に行きたいとかなんとか言っていたが、そっちは年始に悠人達と行ってきてしまったと言ったら、ルカが「じゃあせっかくだから違うところに行こう!」と言ってくれたのだ。そこの遊園地は夜間のイルミネーションが有名だったから、昼過ぎから行って、閉園に合わせて帰ってくる事になったため、揃って寮を出たのが十四時過ぎ。電車を数十分ほど乗り継いで、駅から園まではゴンドラが出ているらしい。四人乗りのその小さなゴンドラに揺られながら、ルカも、直助も、優馬までもが歓声を上げていた。
「うわー!すっごい!高い‼︎」
「スゲー‼︎歩さん、大丈夫です?」
「ゴンドラは平気だ」
「歩さ〜ん……、怒ってます?」
「怒ってない」
今回の、ルカ曰く「ダブルデート」の話が出た時に、一番驚いていたのは直助だったと思う。優馬も優馬で驚きはしていたものの、直助は目に見えて驚いていたし、焦っていたし、何よりその場に一緒にいた俺の顔色を伺う様子が怯える子犬みたいでいっそ可哀想なくらいだったのを思い出す。直助の反応は当然といえば当然で、俺との関係も、ルカに口止めしていた筈の事も全部バレてしまっていたのだから、無理もない。昨日の夜、ベッドの中でも同じような応酬があったのだが、まぁ、最初ルカから話を切りだされた時は俺も驚いたし、怒っていたんだけど、直助の心配をよそに、俺は別に今はもう怒ってはいなかったし、今日の「デート」を楽しみにしていたのも事実だ。
だって、何だかんだで、直助とこうやってデートらしいデートをするのは初めてだったのだ。近所を散歩するとか、近くのコンビニに行くのとはわけが違っていて、ダブルデートとはいえ、デートなんて初めてなんじゃないかって、ちょっとだけ、楽しみにしていた。だから俺はそのまま直助のベッドで熟睡してしまい、珍しく寝坊をしてしまったし、朝起きて隣でぐーぐー眠る直助を見つけて、愛しさが込み上げてきたのも事実だった。
「怒ってないから」
ゴンドラを降りて、チケットを買いに行ってしまったルカと優馬の背中を見送って、俺は尚も不安そうな直助を振り返る。そうして、俺の顔色を伺う丸い瞳をジッと見つめた。
「本当に?」
「あぁ、本当に。……せっかくルカが計画してくれたんだ、楽しもうじゃないか」
「……歩さんっ!」
パタパタと、ご機嫌そうに尻尾を振る様子が見えたような気がした。その姿を見て、俺はクスリと笑みをこぼす。直助は可愛い。そういう、わかりやすいところは好ましいと俺は思っている。

けれども俺たちは、ルカが思っているようなごく普通の恋人同士なんかじゃない。
直助とは、些か後ろめたい、関係下にあった。

「……最近寒くて、眠りが浅いんだ」
きっかけは、世間話の一つだったように思う。その日は何故だか二人きりでコミュニケーションルームに居て、猫たちと遊びながらそんな事をポツリと漏らした俺を、直助のどこまでも純粋な瞳が、ジッと見つめていた。最近どうにも、眠りが浅い。冬場で寒いのが原因だとは思うんだけど、手足が冷えてどうにも熟睡出来ないな、などと思っていたのだ。こんなものはよくある世間話の一つだった。翔あたりに相談したらきっと、「湯たんぽはどう?」なんて言ってよこすのだろう、その程度の、よくある世間話。けれども直助は、バズを抱っこしながら、サラリととんでもない事を、なんてことない風に俺に言い出したのだ。
「じゃあ俺と、一緒に寝ます?俺、体温高いですよ?」
「え?」
「添い寝ってやつです、歩さんさえ良ければ、ですけど」
いや、添い寝?と、一瞬疑問に思ったものの、ニコニコと笑ってそう言う直助が子犬みたいで可愛くて、きっとなんの下心も無いのだろうと思ってしまった俺は、疑いもなくその誘いに乗った。
「……じゃあ、頼もうかな。お前の都合の良い日だけでいいから」
「ふふ、分かりました。じゃあ夜、お風呂入ったら枕持ってお邪魔しますね?」
「分かった、俺も、寝るだけにして待ってるから」
そう。最初は、純粋な添い寝だったのだ。布団に入る前に直助が足のマッサージをしてくれて、ポカポカになったところで二人で一緒にベッドに入った。俺の部屋のベッドはセミダブルで、一人では少し広めとはいえ、大の男が二人で寝たら些か窮屈で、最初の夜から、ぎゅっと寄り添って眠ったのだ。男同士だったけど、不思議と嫌な感じはしなくて、むしろ直助の体温の高さと心音のリズムが心地良くて、驚く程よく眠れた。「またお願いしても良いか?」って恐る恐る聞いた俺に、直助はまた無邪気な顔で笑って、「もちろんです、歩さんのベッド寝心地いいですね」なんて言っていた。
二度目も三度目も、それから何度か、普通に眠るだけの夜が続いたんだけど、きっかけは多分、俺だったと思う。その日は玲司と一緒に、仕事先の人たちと飲んでいて、少し、飲み過ぎてしまったようで、酔っ払った俺は玲司に部屋まで送ってもらった。心配そうな様子で俺を寝かしつけて、部屋を去って行った玲司を見送って「寂しい」って、思ってしまった事に気付いた俺は、一人きりになった部屋で呆然としていた。「寂しい」だなんて。何で俺が奴にそんな感情を抱いているのか、考えたく無くて、でも酔っ払っているせいか、気分が悪くて眠れなくて、泣き出しそうで、ベッドの中で俺は、勢いで直助を呼び出していた。直助はいつもの部屋着姿のままで、酔っ払って布団に身を投げていた俺を見下ろして笑って言ったのだ。「歩さん、飲み過ぎですよ?」って。だから俺もにこりと一つ、笑みで返して、その熱い腕を引く。
「……一緒に寝てくれるか?」
「あゆむさ……、」
そのまま、少年らしさの残る細い身体をベッドへと引き倒して、俺はその、戸惑ったような様子の唇へと、押し付けるように口付ける。こんなもの、キス、と呼ぶにはあまりにもぞんざいすぎて笑ってしまうが、直助はそれでも俺のキスをジッと受け入れて、あまつさえ唇を割って、舌を差し入れてきた。クスクスと笑いが止まらなかった。この男は、俺の誘いに、応じたのだ。
「……今日は、一緒に寝るだけじゃ済まないかもしれませんよ?」
俺の髪の毛に指を差し込んで、髪を梳いて、地肌をくすぐる。そんな誘うような仕草を見せておいて、直助は最後の選択を俺に委ねようとしているのだから。
当然だ、と、自嘲する。
誘ったのは俺の方なのだから。咎は全て受け入れるつもりでいた。
「構わない、むしろ、そうなる事を望んでる」
ゆったりとその首元に腕を絡めて、俺はもう一度、唇を重ねた。
その夜、初めて俺たちは関係を持った。
直助は、ひたすらに優しかった。まだ拙い部分はあるけど、とにかく優しく、俺に触れてくるのだ。それがくすぐったくて嬉しくて、幼い愛情が、ふわふわと軽やかで甘やかで心地良い。
重たい愛情は好きでは無い、そういうのに、自分が依存しやすい事も知っていた。だから俺にはこれくらいの軽さがちょうど良くて、戯れみたいに始めた関係は、明け方の毛布みたいに温かく柔らかく俺に絡み付いた。同じくらいの背丈だと思っていたのに、 直助の手は俺のよりも少しだけ大きくて、そんな事も、身体を重ねて初めて知った事実だったのだ。
「歩さんは、結構寂しがり屋ですよね」
「何だ急に」
「大丈夫ですよ。俺が、寂しくなくなるまで一緒にいますからね」
いい子いい子と背中を撫でられて、直助は恋人みたいに俺を抱きしめて眠る。その温もりが、甘い香りが心地良くて、たまらなく、愛おしい。恋人なんかじゃないのに、恋人よりももっと、俺はこいつに甘やかされていた。真綿のような優しさに抱かれて、ぼんやりと思う。
居心地が良かった。ただそれだけの関係だった。

「歩くーん!これ、歩くんの分ね」
「あ、……あぁ、ありがとう」
「大丈夫?ぼんやりしてたみたいだけど」
チケットとチケットホルダーを手渡して、そう、気遣うような視線を向けてくるルカには「なんでもない」と笑みで返して、ルカと並んで入場口へと歩を進める。
「歩さーん!ルカさーん!早く早く‼︎」
数歩前を歩く直助と優馬に急かされて、俺たちはパタパタと駆け足でゲートを潜った。
年相応の表情を見せて笑う姿が眩しくて、そう、こんなセフレみたいな関係を気にしているのはもしかしたら俺だけで、直助は、別に何も気にしていないのかもしれない。だから今日くらいは、恋人みたいにデートを楽しむのも悪くないと思っていたのだ。何より今日は、ルカと優馬の仲をお膳立てしてやろうと、本当に軽いノリで、俺はこの「ダブルデート」を受け入れつつあった。

俺が浅はかだったのだ、多分。この時はまだ、直助の気持ちなんて知らずにいたのだから。

***

そういえば、遊園地らしい遊園地なんて、子供の頃以来かもしれない、と目の前に広がる賑やかな光景を見下ろして思う。年始に行ったテーマパークは、「遊園地」というよりもどちらかと言えば目で見て楽しむアトラクションやショーが多くて、エンターテインメントの最高峰を楽しませてもらったわけだけど、こういった昔ながらの遊園地も、楽しくていいんじゃないだろうか。観覧車やメリーゴーランドなどの馴染みのアトラクションを見つけて、ベーシックな乗り物も悪くない、と思うわけだ。
「最初何から乗る〜?観覧車とかは、夜の方が綺麗だよね?」
「メリーゴーランド、コーヒーカップもありますよ‼︎」
「こっち周りで行けば、最後に観覧車で締めに出来るんじゃないか?」
「せっかくだから色んなアトラクションに乗りたいな」
みんなで頭を寄せ合って、マップに目を落とす。ここの遊園地は色々なエリアに分かれていて、しかもファミリー向けのアトラクションも多いと聞く。ハードな乗り物が少ないのは助かるな、と、思いつつ、最初はゴーカートとかコーヒーカップとかの、オーソドックスなアトラクションがあるエリアの方から回って行こうと相談して決めて、先頭を歩くルカに続いていく。
「ね〜、メリーゴーランドがかわいくない〜」
「カバか?」
「いや犬でしょ!一応、マスコットキャラみたいですよ?」
クルクルと回る、シュールなキャラクターのメリーゴーランドを横目に、俺たちはとりあえず、とコーヒーカップへとやってきた。コーヒーカップ。遊園地のアトラクションによくあるあのコーヒーカップであるが、そういえば乗るのは初めてかもしれない。回転系は得意じゃないのだが、と、わくわく顔のルカを不安げに見つめる。
「四人で乗る?」
「お前絶対ぐるぐる回すだろ。やだ。俺は直助と乗る」
「そんな事しないもーん。じゃあ優馬くんは俺とね♡」
「ふふ、はーい」
とりあえず二手に分かれて、ピンクと水色のカップにそれぞれ乗り込んだ。
椅子の真ん中には回転テーブルが付いていて、これを回すとカップがぐるぐる回る仕組みらしい。
「直助、絶対回すなよ」
「歩さんビビリすぎですって〜!大丈夫です、俺も回転系苦手なんで無茶はしませんよ♪」
言葉通り、ハンドルを俺に委ねてくれて緩やかな回転をするこちら側の水色のコーヒーカップ。なんだ、この程度だったら楽しいものじゃないかとのんびりしていると、一方、ルカの方はというと、勢いよくぐるぐると回転しているカップの中で、真っ青な顔して笑っている優馬の姿が見える。ご愁傷様だ、と、俺はため息を吐いて、くるくる回るコーヒーカップに身を委ねていた。
「……………うぇ、」
「口数が少なくなったぞ、大丈夫か?優馬」
「優馬くん、大丈夫?」
「いや、……はい、ちょっと休めば……」
水を買いに行った直助を待って、俺とルカはベンチに座ってぐったりしている優馬を囲む。全く、無茶しやがって、と思うと同時に、あの驚異的な回転の中でもけろりとしているルカが末恐ろしい。
「はい、水」
「……あ、ありがとう」
「次行く前に優馬くん、ちょっと休憩する?」
「いや、俺は一回お休みするんで、みんなで行ってきても良いですよ?」
「あ、じゃあ、」
じゃあ、と俺がマップから顔を上げて、乗客たちの絶叫の声を乗せながら頭上を行ったりきたりするジェットコースターを見上げて、一つの提案をする。
「俺もここで見てるから、お前たち二人でジェットコースター、行ってきたらどうだ?」
「歩くんは乗らないの?」
「絶叫系は苦手だ。それに、直助も乗りたいと言っていただろう?」
「そりゃそうですけど……、優馬はいいの?」
「行っておいでよ。俺はここで少し休ませてもらうし」
水を飲んでだいぶ回復してきたのだろう。優馬はまだ顔色が悪いものの、俺たちに向かって笑顔を浮かべるくらいまでには余裕が出てきたようだった。
「と、いうわけだ。行ってこい。直助、ルカを頼むぞ」
「え〜⁈逆じゃないの!」
「りょーかいです!歩さんも、優馬の事頼みますね?」
「あぁ。楽しんでこいよ?」
優馬の隣に並んで座って、俺は、ジェットコースターに向かう直助とルカにひらひらと手を振る。
その後ろ姿が小さくなるまで見送ると、俺はやれやれと、未だ青い顔をしてふぅと小さく一息吐く優馬を振り返った。手に持ったペットボトルの水を指先で弄んで、優馬は俺に愛想笑いを浮かべる。
「あ、はは。……なんか珍しい組み合わせですね?」
「……お前は無茶をしすぎだ。ルカの事、あんまり甘やかすんじゃない」
「甘やかしてる……つもりは、ないんですけどね……」
ふわりと笑う、笑顔は恐ろしいほどの美形だ。モデルという職業柄、顔の良い人間はこれまで嫌というほど見てきたけれど、その中でも優馬はかなりの美形の部類に入ると思っている。
よく整った作りの顔で、優馬は困ったように笑って見せると、自分はおもむろに立ち上がって、側にあった屋台へととことこ歩いていく。様子を見守っていた俺に、少し離れた場所から、声が響く。
「歩さん!アイス、何味にします?」
「は?」
俺も後を追いかけると、優馬はアイスクリームの屋台の前でニコニコと笑顔を浮かべていた。
「色んな味があって迷っちゃいますね。俺はレモンにしよっかな」
「……抹茶、」
「はい、じゃあ、レモンと抹茶、カップで一つずつください」
そう、ご機嫌そうな笑顔で女性店員をメロメロにさせて、優馬は受け取ったカップの片方、濃い緑色のまんまるのアイスクリームを、「はいどうぞ」と俺に手渡してくる。奢られてしまった……、と、その鮮やかな一連の流れに感心して、ベンチに並んで座ってアイスを食べていると、顔色も、調子も戻ってきたらしい優馬が、なんとなしに口を開いた。
「甘やかしてなんかないです。……むしろ、俺の方が甘やかされてるなって、あの人には」
「はぁ⁈……俺には、ルカが相当、お前に夢中になってるように見えるが……」
「えぇっ⁈全然、そんな事無いですよ!ルカさん、本当に俺にすごく優しくしてくれて……」
そんな風に顔を緩めて、愛おしげに言うもんだから、こっちの方が照れてしまいそうだ。綺麗な顔も、上品な仕草も、成る程、みんなが『王子様』と称するだけある。ルカはこういうのが好きなのか、本当に分かりやすい……などと考えながら俺は、年相応に無邪気な様子でアイスを頬張る、王子様の横顔を盗み見た。じゃあ、こいつの方はどうなのだろう?って、思ってしまったのは俺の好奇心だった。カップの抹茶アイスをスプーンで掬って、こんな、質問をぶつけてみる。
「お前は、ルカのどこが好きなんだ?」
「……え?」
俺に、そんな事を聞かれるとは思いもしなかったのだろう。優馬は心底驚いているような様子で、ジッと俺を見つめている。
「ど、こって」
「……単なる俺の好奇心だ。言いにくいなら言わなくてもいい」
だから俺の方もそんな風に言うと、優馬はしばらく考えたのちに、困ったような、照れたような笑みを含ませて、気まずそうに頬を掻いてぽつりぽつりと語り出した。
「その、……ルカさんには、言わないでくださいね?」
「あぁ、」
「えっと、ずっと可愛い人だなって思ってて……、気付いたらそれしか考えられなくなってて……。ルカさんが、何してても可愛いんです。だからもう、重症だなって思って、それで……」
そこまで言って、真っ赤になって口を噤んでしまった優馬をまじまじと見つめて、俺はとんでもない惚気を聞いてしまったんじゃないかって、こっちまでドキドキしてしまっていた。
「……なんかいいな、そういうの」
これは、俺の本心。本当に、心からそう思ったのだ。そんなに一途に思ってもらえるのが、そういう相手がいるのが羨ましいなって。ルカは、「優馬くんが手を出してきてくれない」なんて言って嘆いていたけれど、お前は充分に愛されてるじゃないか。贅沢ものめ、と思う。
そんな思いも込めて、そう、ぽつりとこぼした俺に、優馬はニコニコと目を細めて言った。
「歩さんだって。歩さんは、ナオのどこが好きで付き合ってるんですか?」
何気なく言ったであろう、優馬の言葉に、ギクリと反応する。なんの疑いもないキラキラと澄んだ瞳。……これは、どこまで言っていいものなのかと、一人心の中で思案する。
「付き合って、ない……」
「え?」
「付き合ってない、んだ、実は……」
「ど、どういう事、ですか?」
流石に、この純粋無垢な王子様に事の次第を一から十まで説明するのも気が引けた俺は、かい摘んで、「お互いに好きだと打ち明けてはいない事」「でも付き合っている様な雰囲気になってしまっている事」を説明して、なんとなく理解してもらったのだが。我ながら苦しい言い方である。いやでも、優馬には言えるわけがないだろう。「お前の親友と寝ている」なんて。
俺の内心を知ってか知らずか、優馬はフッと神妙な面持ちになって、ジッと顔を覗き込んでくる。
「でもナオは、絶対歩さんの事好きだし大切にしてると思います。その思いを無碍にしないでやってください」
これには俺も、「そうなのか?」と目を丸くしてしまった。だって直助は、そんな事一度も俺に言ってくる事は無かったのだ。夜が来たら一緒のベッドで眠って、朝が来たら部屋に戻って行く。添い寝をしていた頃からずっと、直助は優しくて、心底丁寧に俺を扱ってくれていた、けれど一度も、好きだと言ってくるような事は無くて。だから俺もそういう関係だと思っていたのだ。身体だけの関係なのだと。そういうものだと思っていたし、それで良いと思っていたのだ。
くるくると、溶けかけたアイスをカップの中で混ぜて、俺は心の中でため息を吐く。

誰かの『特別』になる事はあまり得意では無かった。
だからこの関係が俺は気に入っていたのに、と。

***

美しい人に恋をしていた。
それはまるで月明かりのように、夜のベッドの中でぼんやりと俺を照らしていてくれるような、優しくて温かい、愛しい人。好きになったのはいつからだったっけ。そんな事を考えてしまうようになったのは、いつから。ベッドの中ですやすやと心地良さそうに眠る、柔らかな髪の毛を優しく梳く。
最初は純粋に、「綺麗な人だなぁ」と、遠くから見ているだけだったのだ。
きっかけは、猫を拾ってきたところからだと俺は思っている。孝明さんと三人で助けた猫二匹を、俺たちで保護する事になって、一緒になって世話をしているうちに、気付いたらこの人が、放っておけなくなって、自分の中で特別な存在になっていた。他の誰もいない、歩さんと二人っきりで猫たちと遊んでいる時間は何よりも満たされていたし、「美味しい店があるんです」「猫のおもちゃを買いに行きませんか?」なんて言い訳を並べて二人で出掛けた時に見せるこの人の笑顔を独り占めしたくて、俺は必死になって考えを巡らせたものだ。けれど全部、そういうのを歩さん本人に悟られてはいけなくて、俺はずっと、「可愛い年下の後輩」のポジションに甘んじていた。
美しいこの人が時折見せる、「影」のような部分にも早いうちから気付いている。歩さんを抱いていると漠然と感じる、美しいアクアマリンの宝石が、ここではない遠くを見つめて曇っていく、そんな様子を見て俺は、その影の部分を少しでも照らすことが出来たら良いのになと思ったのだ。
歩さんを笑顔にしたい、ずっと、その綺麗な笑顔を浮かべていてほしい。
添い寝を切り出したのはそんな思いからだった。少しでも歩さんの心が楽になれば良いと願って、出来るだけ下心は見せないようにして、一緒に寝ましょうと誘った。一線を超えてしまったのは事故みたいなものだったけれど、それでも歩さんが寂しい思いをしなくて済むならば、と受け入れた。
「直助のそばに居ると落ち着く」なんて、それはもう俺に対する最大級の殺し文句だ。歩さんが俺の腕に抱かれて穏やかそうに眠って居るだけで、俺はとてつもない優越感でいっぱいだった。
歩さんが笑っていてくれればそれで充分だった。笑顔を独占したかった。それが。

ジェットコースターの待機列は、二十分待ちといったところ。それなりに人で賑わっていたが、休日では考えられないくらい空いていたと思う。ルカさんと共に列に並んで、自分達の順番を待つ。
ルカさんに、そんな相談をしたのはたまたまこのタイミングで二人きりになったからだった。グロッキーになってしまった優馬と、絶叫系が苦手だと言う歩さんには下で待っていてもらっている。別にこんな事、言わなくても良かったんだろうけど、言ってしまったのは、俺のルカさんに対する信頼の高さによるところが大きい。ルカさんは頼りになる存在だった。兄のような、人生の先輩のような。話好きで世話好き。だからこんな、些細な恋愛相談にも乗ってくれると思っていたのだ。
「えっ、それってさー……、」
それまで俺の話に耳を傾けていたルカさんが、俺を見上げて、言い出しにくそうな様子を見せていた。おしゃべりなこの人には珍しく、何やら言葉を選んでいるような状況に俺が首を傾げていると、ルカさんは躊躇いがちに、こそっと耳打ちで俺に告げる。
「それ、『セフレ』って言うんじゃない?」
「えぇっ⁈」
「え、だって、好きって言ってないのにエッチしちゃってるんでしょ?」
ルカさんのあけすけな言葉に、思わずそんな間の抜けた声を上げてしまうと、ルカさんは、至極申し訳なさそうな表情を浮かべていた。そりゃあ、仰る事はごもっともですけど……。
今のままの関係で良いはずなんて無いんだけど、俺はどこかで、このままでいた方が、歩さんは俺の側にいてくれるんじゃ無いかって思ってしまっていた。そんなの良くないって分かってるんだけど。
「そうなんですけど、……俺、どうしたら良いか分かんなくなっちゃって……」
まずい、泣き出しそうだった。こんな場所で。そうこうしている内にジェットコースターの順番は俺たちの番まで迫っていて、ルカさんはそんな泣きそうな俺をやれやれといった様子で見つめている。
「わかる。わかるよナオくん、歩くんはあれでわかりにくいところがあるからね……」
「……でもすごく、優しいんです」
「ベタ惚れじゃないか」
「俺、こんな風になったのは初めてで、だからどうすれば良いか、ほんと……」
「……歩くんは幸せ者だねぇ」
手荷物や、飛ばされやすい帽子やアクセサリーなんかを外して棚に入れて、しみじみとそう言うルカさんに、でも、と思うわけだ。俺はあなた方の方がよっぽど羨ましいですよって。直接本人から相談を受けたわけではないけれど、俺は優馬の恋をずっと応援していたし、「ルカさんと両思いになった」って嬉しそうに話す親友の顔を見て、心の底からおめでとうを言いたい気持ちでいっぱいになったのだ。そういう、少しくすぐったいような、真っ直ぐな恋愛が、今は凄く羨ましい。
「よし、じゃあさ、最後観覧車に乗るじゃん?」
「はい?」
ジェットコースターに乗り込んで、安全レバーを下げながら、嬉々とした様子でルカさんが言う。
「そこで、二人ずつ乗ろう!そんで、ナオくんは歩くんに告白するの!」
「えぇっ‼︎告白、ですか?」
「そうそう、さいっこーにロマンチックなシチュエーションじゃん‼︎」
スタッフさんの「いってらっしゃい!」の声と共に、ガタガタと音を立ててジェットコースターがスタートする。最初は長い登り坂だ。先の見えない前方を見つめて、俺は些か不安にもなるけど。
「人生はジェットコースターだよ?ナオくん。楽しまなきゃ損だってね!」
人生はジェットコースター、なんて。ルカさんが言うとやたらと説得力があるわけで。長い登り坂を登って天辺まで上がってきたジェットコースター、その先頭車両に乗っている俺は、落下まであと数秒の時間の中で、人生はジェットコースターだとしたら、俺は今どの辺にいるのだろうか、などと考えていた。のぼりくだりの繰り返しの人生の中で、俺の悩みなど些末な問題なのではないかと思いながら、ルカさんの叫び声をBGMに、落下していくジェットコースターに身を任せていた。

「あ〜〜、楽しかったね〜!」
「いやー、中々の迫力でしたね、俺まで叫んじゃいました」
「あーいうのは叫んでナンボでしょ?」
外していたキャップを被り直して、ルカさんと共にジェットコースターのアトラクションを後にしていると、前方に、屋台の前に並べられた丸テーブルの所に座っている歩さんと優馬の姿が見えた。優馬の顔色もだいぶ落ち着いてきたみたいで、談笑をしている様子の二人の肩をトン、と叩く。
「お待たせしました〜」
「直助。ジェットコースターは楽しかったか?」
「はい!中々のスリルでしたよ〜!優馬はもう大丈夫?」
「うん、ありがとう。休ませてもらっちゃって。もう平気だと思う」
「じゃあ、せっかくだからさ、ここから近いみたいだし、お化け屋敷でも行く?」
「はぁ⁈」
ニヤニヤ笑うルカさんと、心底嫌そうな顔をしている歩さん。それから、また顔色が怪しい優馬と、実はビビリな俺。不安そうなメンバーが多い中で、それでもルカさんは一人、嬉々としていた。
「お化け屋敷は体調とか関係ないもんね〜」
「いや俺、心臓止まるかもしれません……」
「大袈裟だって‼︎大丈夫だよ、対象年齢十二歳からって書いてあるし!」
「…………十二歳はやばいんじゃないか?小学生は入れないんだろ?」
「歩さーん!ビビらせないでくださいよー!」
「優馬くんまた口数少ないけど大丈夫?」
「い、や……、平気です……大丈夫……」
入り口からして見るからにおどろおどろしい建物。入り口付近にいるお化けの扮装をしたスタッフさんにチケットを見せて、俺たちは二手に分かれて中へと入る事にする。
「怖いなら手繋ごっか?」
「いえいえいえ滅相もないです‼︎大丈夫です‼︎ほんとに、大丈夫……」
「なんだ〜、残念〜‼︎」
そんな、心底残念そうなルカさんと、既にビクビクしてる優馬を見送って、数分待って、俺と歩さんもスタートする。歩さんは強張ったような表情を俺に向けて、無言でぎゅっと、腕を掴んできた。
「歩さん⁈」
「……頼りにしてるからな、直助」
好きな人からそんな風に頼りきった顔を向けられて、やる気を出さない男がいるのだろうか、と俺は思うわけだ。正直言ってかなりビビっていたけど、俄然やる気を出した俺は歩さんの手を取って暗闇の中を進んでいく。……数分後、お化けに遭遇して情けない声を上げてしまったのは、みんなには内緒にしておきたい話である。

***

お化け屋敷、ゴーカート、空中サイクル……、せっかくだからと最初に見つけた変な犬のキャラクターのメリーゴーランドにまで乗って、遊園地を満喫している俺たちは、一休みの為にフードコートへとやって来た。ティータイムも過ぎて夕ご飯の時間にはまだ早いフードコートは空いていて人気もまばらだったけど、ルカさんと歩さんには席を取っておいてもらって、俺とナオの二人でカウンターへと並んだ。
「優馬、どれにする?」
「そうだなー、結構お腹も空いてきたから……」
見上げたカウンター上のメニュー表、こういった場所ではお馴染みの、カレーライスやラーメン、ポテトなどの写真が並んでいる。ルカさんは、バーガーセットで、歩さんはパスタ……などと最初に伺っていたメニューを心の中で反芻しながら隣のナオを伺うと、「俺カレー」なんてあっさり決まってしまうのだから羨ましいものだった。食べたい物に散々迷って、結局は、ナオが選んだカツカレーが美味しそうだったから自分も、と一緒に注文をする。
「じゃあ俺もカレーにしよっかな」
「足りるかな〜フライセットも頼んどく?」
「いいね、みんなで食べればいいし」
「すいませーん、フライセットも追加で」
そう、店員さんに注文をするナオの横顔をジッと見つめて、さっきの歩さんとの会話が蘇っていた。「付き合ってない、んだ、実は……」歩さんの性格からいって、あの人が嘘を吐いているようには見えないし、ナオはナオで分かりやすいから、あの人の事が好きなのは明確だった。だったらどうして?と、俺の中では疑問が広がる。どうして、二人はお付き合いしていないのだろう。
注文した料理が出てくるまでの間、待ちぼうけしていた俺は、ふと、その心の中に湧いてしまった疑問をナオにぶつけてしまう。
「……ナオ、あのさ」
「んー?なーに?」
「……その、歩さんと付き合ってないってどういう事?」
「は?」
……それまで暇を持て余してメニュー表を眺めていたナオが、俺の質問には間の抜けた声を上げて、パッとこちらを振り返る。きょとんとしたような、けれどどこか焦りを滲ませたような表情、その大きな瞳の真ん中に、俺が映り込んでいた。
「なっ、なんでお前がそれ知ってんの?」
「さっき二人を待ってる時、歩さんから聞いたんだけど……」
「いや……、だって、え?」
「付き合ってないの?」
「やー、……うん、多分そういう事になるんだけど……」
その表情の、意図するところはなんだ?ナオのなんとも言えないような曖昧な笑みが不思議で仕方なくて、俺は、最初に出てきたパスタとバーガーセット、飲み物のコーラと烏龍茶が載ってるトレイにカトラリーを載せて、何やら言いにくそうなナオの姿を眺めている。
「……俺としてはあの人の事大事にしたいって思ってるんだけど、一歩進めずにいて……」
「ナオ……」
「いや、でも俺のことよりさ、お前の方だろ?優馬、お前こそ、ルカさんとどこまで行ってんの?」
「えぇっ⁈」
「俺すごい、お前たちの事応援してるから、心配になっちゃって……」
「いやっ、その……、おれは……」
まさかの反撃に、そんな質問で返ってくるとは思ってなかった俺は、答えに窮してしまっていた。どこまで行ってんの?とは、つまりそういう事で、ルカさんとどこまで……という純粋なナオの質問に、答えを返せずにいる。だって、俺はルカさんの事を大切にしたくって、一番大事で、だからあの日以来一歩も進めずにいるのに。言葉が上手く出てこない、だから、こういう話題は苦手なのだ。
「お、おれっ……、」
「ごめん、俺が悪かったって……、そんな慌てるとは思わなくて」
「……俺の方こそ、変な質問してごめんね、ナオ」
続いて出てきた二つのカツカレーとフライセットをトレイに載せて、載りきらなかった分のコーラとジンジャーエールはそれぞれ手に持って、ルカさんと歩さんが待つテーブルへと戻っていく。
「お待たせしました」
「わぁ!ありがとう!はいこれ、俺たちの分のお代」
「ナオがまとめて支払ったので、ナオに」
「ナオくんありがと〜」
「はい、確かにです!歩さんは烏龍茶でしたよね?」
「あぁ、ありがとう直助」
俺はルカさんの向かいに座って、ナオは歩さんの向かい合わせに座る。会話は四人もいれば途切れる事は無いんだけど、そこから俺たちは目に見えて、ちょっと気まずい感じになってしまった。何が、とは上手く言えないけど、何となく、お互いの関係性について、深く突っ込めずにいる。俺もナオも。多分、ルカさんと歩さんは、お互いに暗黙のうちに、その話題を避けているのかもしれなかった。これは後からわかる事だけど、気持ちを伴わないままで行くところまで行っちゃったナオと、大事にしたい思いが先行して一歩も踏み出せないでいる俺。
そりゃあ、すれ違うわけだ、と今なら理解できる。

ルカさんとの初めての出会いは、VAZZYとROCK DOWNが始動した、春の事だったと思う。桜の花びらが舞い散る季節。その頃俺はまだ高校生で、春から寮生活になるという事で慌ただしく引っ越し準備をしている最中の事であった。最初は、猫が迷い込んできたのかと思った、それは、圧倒的な華やかさで、荷物に埋れていた俺の視線を奪っていったのだ。
軽やかな風のように駆けるその人と最初はぶつかりそうになって、避けたこちらが荷物ごと尻もちをついてしまった。抱えた段ボールの向こう側、華やかな赤毛を風に揺らして手を差し伸べる、可愛らしい猫のような笑顔がこちらを伺っている。
「うぉっと!ごめんなさい!」
「いえ、こちらも不注意で……」
「わぁ‼︎……すごい‼︎美形……‼︎」
「ふふ……なんですか?それ」
「ごめんね、こっちの不注意で。ROCK DOWNじゃ見ない顔だからVAZZYの子かな?」
「えぇ、VAZZYの、白瀬優馬です。よろしくお願いします」
こちらも荷物を置いて差し出しされた手のひらを握る。温かい、体温が高いんだな、なんて思っていると、「名積ルカ」と名乗ったその人は、花が咲いたようにパッと笑って見せた。
「これからよろしくね、優馬くん!」
その笑顔に、どきりと、胸が高鳴った気がしていた。
一目惚れ、なんていう経験は俺には無かったんだけど、今思えばあれはまさに一目惚れだったんだと思う。一瞬で、目を奪われてしまう感覚。それから、ユニットを越えた集まりなんかでルカさんを見つけると目で追ってしまっている自分が居て、 ゆっくりと、気持ちを自覚していった。ナオに誘われて、三人で遊ぶ事なんかもあった。そういう時でもルカさんはずっと可愛らしくて、大学に上がってからは、二人で食事に行く機会なんかも出来て、そういう流れで、一緒にお芝居を観に行ったりして。これってデートなんじゃないかってドキドキしてる俺に、あなたはなんてことない風に軽く言うのだ。「これってデートみたいだね」って。ご機嫌そうな、笑顔と共に。俺はそれだけで嬉しくて舞い上がってしまって、眠れない夜を過ごす事も数知れなかった。好きだったんだ、ずっと。でも、立場的に、言うのは憚られた。大切な仕事仲間で、尊敬してる先輩、何より男同士だったから。そういうしがらみみたいなものに、ずっと捕われてきた。でも、気付いたら我慢が出来なくなってしまっていて、「好きです」って言い出したのは俺の方。あなたは珍しく狼狽した様子で、戸惑いの目で俺を見上げていた。
「好きって、君が?俺を?」
戸惑わせてしまった、困らせてしまった。でも、そんな申し訳ない、思ってしまっている一方で、やっと伝える事が出来たって思いの方が大きかった。俺は元々、こういった色恋沙汰には疎い方で、だから自分から告白するのも生まれて初めての事だったのだ。告白とはこんなに、誰かに想いを伝える事がこんなに緊張する事だとは思いもしなくて、そんな初めてだらけのドキドキの中で、真っ赤になってしまったルカさんが、俺を見上げてうろたえている。
そんな顔も可愛らしい、と思ってしまう俺は、相当重症だなと思っていた。
「お、俺も、好き」
やっと紡ぎ出された、ルカさんのその言葉の、破壊力に、俺は続けるべき次の言葉を失ってしまっていて、ただただ、あなたに抱き締められるがまま、その腰に腕を回すだけで精一杯で、それ以上は何も言えそうに無かったのだ。俺の「好き」って気持ちに、一番好きな人が「好き」って答えてくれる。それが何よりも尊くて、愛おしくて、だからずっと大切にしようと思ったのだ、その時。何よりも、一番大切な人。勿論、俺だって男だし、キスも、それ以上の事だって考えないわけではない、でも現状、隣にいるだけでいっぱいいっぱいなのに、その身体に触れるだなんてとんでもない事のように思ってしまっていて、だからこそナオの純粋な問いには、上手く返答出来ずにいたのだ。
俺は臆病なのだ、恋愛に関しては、とにかく。
だからずっと、ルカさんには甘えてしまっていたのかもしれない、「ゆっくりで良いよ?」って言ってくれたルカさんの言葉に、すっかり甘えきってしまっていた。

「優馬くん?大丈夫?疲れちゃった?」
「……えっ、あ、大丈夫です、すみません。ボーッとしていて」
ルカさんの言葉にハッとして顔を上げると、そこは遊園地のフードコートで、俺はすっかり氷の溶けきってしまった薄いジンジャーエールを啜っているところだった。食べ終わったお皿はナオと歩さんが下げてくれたらしい、「ありがとうございます」とお礼を告げて、自分も空になったカップをゴミ箱に捨てに行く。
「じゃあ、最後は観覧車だけど。その前にせっかくだからイルミネーション観に行く?」
「あぁ、せっかく来たんだしな」
「わぁ!写真いっぱい撮りましょうね!」
「はい!」
席を立った三人に続いて、俺もフードコートを後にする。
外に出たらすっかり暗くなってしまっていて、園内には眩ゆいばかりのイルミネーションの光が灯っていた。その、美しい光景に歓声を上げて目をキラキラと輝かせる、ルカさんの横顔が綺麗で、俺は思わず、見惚れてしまう。そんな視線も、ナオや歩さんにはバレバレみたいで、背後からはクスクスと優しげな笑い声が聞こえてくる。恥ずかしい、頬が赤い、自覚はあった。
「せっかくだから、写真、撮りましょう?四人で遊びに来た記念に!」
ナオの呼びかけに、数歩前を歩いていたルカさんが振り返る。歩さんも、頷いて、ナオがスマホのカメラを自撮りモードに切り替えると、四人で顔をくっ付けて、パシャリとシャッターを切る。
「イルミネーションが全然写ってないが……」
「あはは、四人だとね、いっぱいいっぱいだよね」
「でも良い笑顔ですよ!」
「ほんとだ」
後でナオがこっそり、「二人でも撮る?」って聞いてきたんだけど、それは丁重にお断りをしておいた。そんな、ツーショットなんて、まともな顔で写る自信が無かったのだ。
真っ赤な顔でブンブンと首を振る俺に、ナオは苦笑してスマホを下げる。
「まぁそれは、二人きりで来た時に取っておくとしてだな!」
「サラリと簡単に言うんだから……」

***

最後の締めは観覧車!と言うルカさんの言葉通りに、一通り園内のイルミネーションを眺めてきた俺たちは、最後に入り口近くにある大観覧車の前に並んでいた。昼間通り過ぎた時はガラガラだったのに、今はちょっと列が出来ていて、やっぱりカップルが多いかなって思っていたんだけど、家族連れや友人同士の組み合わせも多かったから、男四人でも浮かなくて良かったなって歩さんが笑っていた。成る程、確かに四人乗りの観覧車に男四人というのも中々無いのかなって思ったけど、きょろきょろ辺りを見渡したら女の子四人のグループが一緒に乗っていくのを見つけたから、あぁいうものなのだろうと納得する。納得した、俺の腕を引いて、少し低い位置でルカさんがニコニコと微笑む。「楽しみだね」って。観覧車のライトアップを受けてキラキラ輝く金色の瞳が可愛くて思わず目を奪われたのはルカさんには内緒だった。だめだ、もう、今日はずっと可愛くて、距離を測りかねている。そんな下心と、内緒の思いを胸に抱いて、俺はジッと、順番を待つ。
いよいよ自分達の番だ、と、ルカさんに続いて観覧車に乗り込もうとすると、後ろから歩さんの「えっ?」という驚いた声が聞こえてきて、次の瞬間、係の人によって観覧車の鍵が掛けられてしまった。俺が驚いている隣で、ルカさんは窓の外のナオにひらひらと手を振っていて、ナオもそれに応じている。「どういう事だ、直助」という声が外から聞こえた気がしたけど、俺の方だってそれどころではない、だって、この密室で、ルカさんと二人きりになってしまったのだから。
「えへへ……、ごめんね?」
「……ルカさん」
「優馬くんと、二人っきりになりたくて、俺がナオくんに頼んだんだ」
四人掛けの席に向かい合って座って、ルカさんが困ったように笑っている。多分、俺の戸惑いが伝わっているんだろうけど、歩さんのように「なんで?」という思いは無くて、きっとどこかで俺は、この状況を求めていたのかもしれなかった。そりゃあ、最初からダブルデートという名目だったから、お化け屋敷でも空中サイクルでもメリーゴーランドでも、アトラクションは基本的にルカさんと二人の組み合わせだったけど、こんな風に明確に二人きりになってしまったのはここに来てから初めてで、どうしようっていう思いと半々くらい、嬉しいって気持ちも、俺の中にはあった。
静かな観覧車の中、言葉が見つからない俺に、ルカさんの方が静かに口を開く。
「ねぇ優馬くん?優馬くんはどうして、俺に触ってくれないの?」
「えっ」
ルカさんが言った言葉に、俺は思わず、驚いた声を上げてしまっていた。
どうして、って、そりゃあ、俺は。あなたが一番大切で、だからあなたに触れる事を、どうしても遠慮してしまうのだ。そんなくだらない俺の葛藤なんて、ルカさんには言えやしないんだけど。
「大事にしたいんです、何よりも」
葛藤の中で、苦し紛れの言い訳みたいな言葉を並べた俺をジッと見つめて、ルカさんの瞳が静かに瞬く。そんな仕草一つも愛らしくて、つい、衝動的に触れてしまいそうになるんだから俺の決意なんて弱いものなのだ、と思ってしまう。大事にしたいからこそ、指一本でも触れるのに躊躇ってしまって、でも今は、それも我慢できない自分がいる。二人の息遣いだけが静かに響いていた。上昇していく観覧車の中で、俺の手をぎゅっと捕まえて、ルカさんは意を決したように静かに紡ぐ。
「大事に思ってるなら、じゃあキスして」
「えぇっ⁈」
「俺は俺の事大好きな優馬くんが大好き。だからキスもそれ以上もゆっくりで良いかなって思ってきたの」
「ルカさん、」
「でももうそんなの我慢できなくて、だからキスして欲しいし、いっぱい触ってほしい」
繋いだ手が熱い熱を持っていて、それがルカさんのものなのか、緊張した俺のものなのか分からずにいる。夜になって外は過ごしやすいくらい涼しげだったけど、熱いくらいの手のひらをぐいっと引かれて、至近距離まで近付いたルカさんの顔に思わずドキドキと胸が高鳴ってしまう。
吐息が触れ合いそうな近い距離。こんな場所で、ダメだ、って思っている自分がいる一方で、ルカさんがここまで言ってくれているんだから、触れてしまえって思ってしまう。
「……観覧車、もうすぐ天辺だよ?……誰も見てないよ?」
「……っ、」
ルカさんのその一言が、最後のとどめとなって躊躇っていた俺に突き刺さる。
天辺まで登り詰めた観覧車、正直言って、窓の外の景色なんて眺めている余裕なんて無くて、俺の瞳はルカさんの瞳から、目が逸らせそうにない。キラキラと輝く猫のような瞳が伏せられて、ルカさんの唇が微笑みの形を浮かべている。吸い寄せられるようにチュ……と、こんなもの、そっと触れるだけの拙いキスだったけれど、一瞬だけ触れて離れて行ってしまったそれは、柔らかくて、ルカさんの香水の香りがして、お菓子みたいに甘い。
「……やばい、めちゃくちゃ、ロマンチックだ……」
少しだけ離れた唇と唇、それでも離れ難くて、鼻先がぶつかりそうな近い距離でルカさんの瞳を見つめていると、その瞳からぽろぽろ、星の雫みたいな涙がこぼれ落ちているのが目に入る。えっ?泣かせてしまった、という俺の焦りは、けれども今度はルカさんからのキスによって封じられた。
「…………っ、は、……あの、」
「どうしよう、すごく、嬉しくて……」
押し付けられてすぐに離れた、柔らかな唇。二回目のキスの後に、ルカさんはぽろぽろ涙をこぼして、嬉しそうに微笑んでいた。だから俺も、もう一度そこに、触れたくなってしまう。
「あの、もう一回だけ、しても良いですか?」
「うん、」
三回目、今度は許可を求めてから、あなたの頬にそっと手のひらを添えて口付けをする。今度はじっくりと。その頃になると俺の方も余裕が出たらしい、観覧車、ちょうど天辺。ルカさんの向こう側にキラキラと輝く園内のイルミネーションが見えて、それが星屑みたいに綺麗で、俺まで泣きたくなったのだった。もっと早く、あなたに触れていれば良かった。俺は、ルカさんを大切にしすぎて、不安にさせていた。そんな事にも気付けないくらいに、まだまだ子供だったんだけど、あなたは「それでも良いよ」って、優しく笑ってくれたんだ。
やっぱり、ルカさんは優しい。俺はすごーく、甘やかされているのだと実感してしまう。

あなたを照らす太陽になりたいって、俺はずっと思っていたんですよ。

『観覧車!二人ずつ乗ろう!そんで、ナオくんは歩くんに告白するの!』
観覧車に乗り込む直前、俺は、数時間前にルカさんと交わした、そんな約束を思い出していた。観覧車は今回のダブルデートの一番のメインイベント、俺と歩さんはともかく、優馬とルカさんの恋路を応援するつもりだった俺は、ここは協力してやらないといけない所だなって思っていた。最初から、協力する気は満々だった。それなのに何故か俺まで、歩さんに告白する事になっているのは完全に俺の計画から逸れていたんだけれど……。
俺たちの順番が来て、けれど俺は、ルカさんと優馬に続いて観覧車に乗り込もうとしていた歩さんの腕をぐいっと引く。「え?」という驚きの声と共に発せられた「どういう事だ、直助?」という疑問の声は、現状の歩さん的には当然のものだ。俺と、戸惑いの隠せない歩さんは次にやってきた観覧車に乗り込んで、鍵が掛かったのを確認して、些か気まずい思いを抱えながら、対峙する。
「……ごめんなさい。えーと、怒ってます?」
怒られる前に、素直にごめんなさいをすると、けれども歩さんはひとつだけ大きなため息を吐き出して、呆れたような様子で俺を見つめていた。
「……怒ってない。どうせ、大方ルカ辺りに頼まれたのだろう?二人きりにして欲しいって」
「それも、当たらずとも遠からずなんですけど……」
「怒ってないし、いやでも無い。……ただ、どうすればいいかわからないだけだ」
てっきり俺の強引な誘いに怒っているのだろうと思っていたんだけど、歩さんの口調はあくまでも穏やかなものだった。「どうすればいいかわからない」との言葉に、それまで気まずくて、外の景色に顔を逸らしていた俺は、決心をして歩さんにパッと向き直った。
今こそ気持ちを伝えるベストタイミングなんじゃないかって、意を決して口を開く。
「あの、実は、俺は俺で、歩さんに言いたいことがありまして」
「……言いたいこと?」
首を傾げた歩さん。俺は、さっきからずっと心臓のドキドキが止まらないでいる。
「お、俺は、今の俺たちの関係を最初からやり直したいって思ってます」
「どういうことだ?」
「ちゃんと一からいいます。……好きです。付き合ってくれませんか?」
一世一代の告白だった。こんなもの、今まで他の誰にだって伝えた事は無い。
俺たちは、最初から順番を間違えていたのだ。何もわからないまま、ベッドの中から関係を始めてしまった俺は、「好き」だと伝えるタイミングを失ったまま、ここまで来てしまった。だからそれを今、改めて口にして、顔から火が出そうなくらいに真っ赤になっている自分がいた。
気持ちを伝えると言うことがこんなに恥ずかしいなんて思わなくて、きっと初めてのキスよりも、初めてのセックスよりも、緊張してしまっている自分に一番驚いているのは自分だった。
歩さんはそんな俺をきょとんと見上げて、その美しい顔を捻って、首を傾げている。
「付き合う、がどういうことなのか俺にはわからない」
どういうことなのかわからない。さっきからずっと、歩さんの言葉は疑問だらけだった。けど、そんなの俺だって分からない、歩さんはどうだか分からないけれど、俺の方は恋愛に関しては完全に初心者なのだから。だから歩さんの素朴な疑問に、付き合う、とはなんだと、バクバクの心臓を抱えて俺自身も自問自答していた。付き合うってなんだ?俺は身近な人たちにそれを当てはめて、頭の中でぐるぐると考えを巡らせる。
「デートして、キスもして、エッチなこともする…って、今までとそんなに変わらないんですけど」
「じゃあ、どうしてお前は俺と付き合いたいんだ?」
歩さんの言葉は、俺にとっては痛いほど、ごもっともなものだった。だからこそ俺は、あなたに好きだって伝えたかったんだ。あなたを抱いている時、その瞳が俺を通り過ぎてどこか遠くを見ている事にも、俺は気付いていたし、歩さんは、誰か「特別」な存在を作ることを避けているんじゃないかって思う節が沢山あった。この美しい人が、過去にどんな恋愛をしてきたかは俺は知らない。だけどでも、俺は、そんなあなたの特別になりたいと願ってしまったのだ。
綺麗なあなたの笑顔が好きだから、歩さんにはずっと笑っていて欲しい。そのためになら、俺はあなたの笑顔を一生照らし続けます、って、ずっと思って、側に居てきたのだから。
「正直に言うと、俺はあの二人が羨ましくなったんです。好きって伝え合って、お互いがお互いの一番で。俺も歩さんとそういう関係になりたくて、伝えちゃいました……」
俺はずっと、あなたを照らす、太陽みたいな存在になりたかった。
勿論、歩さんを困らせるつもりなんて無くて、もしあなたが俺を迷惑だって言うのならば、身を引く覚悟はとうに決めていた。初めて一緒に寝た日からずっと。関係が変わってしまった、今も。
「迷惑だったら離れます。添い寝の関係も解消してください」
「それは嫌だ、……いやだ、やめるなんて言わないでくれ……」
けれども歩さんは俺の言葉にはふるふると頭を振って、細い指先が俺の服の袖口をぎゅっと掴んで、泣き出しそうな声で、ぽつり、ぽつりと言葉をこぼすように、静かに告げる。
「俺には好きと言う気持ちがわからないけど、お前といると落ち着くからもっと一緒にいたい。それじゃだめか?」
「……そんな、とんでもないです。俺だって歩さんと一緒にいたい」
いつもは冷たい歩さんの手のひらが、今は熱い。
「一緒にいたい」それはきっと俺にとって最大級の、歩さんからの愛の告白だったと思う。

好きと言う気持ちを伝えることが出来た。俺の一番大切な人は、「好きって気持ちが分からない」ままだというが、それでも俺ともっと一緒にいたいと言ってくれた。それで充分だったはずなのに、視線を上げた俺に、隣の観覧車が視界の片隅に映る。そこには中でキスしている優馬とルカさんの姿が目に入って、思わず、声を上げそうになったところで、寸前で歩さんに止められたのだった。
「おい、邪魔してやるなよ!」
「だって!歩さんはしてくれないんですか?」
「は?外では絶対やだ」
知っていた、知っていましたけど。
この人は性には奔放な所があるのに、こういう場面ではお堅い性格が出てくるのだ。そんな事は承知済みだったんだけど、流石にこの甘い恋人同士の流れをぶった斬られたのは悲しい。
しゅんとしてしまった俺に、歩さんはふふ、と笑って、その温かな手で両手を包み込んでくれる。
「家に帰ったらな」
「歩さーん……」
「……今日も、一緒に寝よう」
ふわりと笑った優しい笑顔に、俺がドキドキしてしまったのは、今はこの人には言わないでおこう。
同じベッドで一緒に眠る。その関係は今後も変わる事はないけれど、きっと、「恋人」を抱く俺は昨日よりももっと優しい男になれていたらいいな、と思うわけだ。

***

季節はすっかり、真夏になっていた。
グラスに入れた冷たい緑茶と、それから、歩くんが持ってきてくれた近所の和菓子屋さんのみたらし団子をお皿の上に乗せて、テーブルに並べる。あの後……あの、遊園地デートからしばらくは仕事に追われて居て、気付いたら二週間の月日が経過していた。その間話したい事も、聞きたい事も沢山あったんだけど、そこはグッと堪えて仕事に励んでいたんだった。今日は約二週間ぶりの、何も予定の無いオフの日で、誰か暇な人はいないかなってウロウロしていたら、コミュニケーションルームで猫と遊んでいる歩くんをたまたま見つけた。歩くんは和菓子屋さんに行く予定があったらしいんだけど、それが終われば暇だと言って、三十分程時間を開けて、俺の部屋を訪れてくれた。お土産のみたらし団子と一緒に。だから俺も彼をリビングに招いて、お茶を出しているってわけだ。歩くんが捕まってくれて良かった、話したい事が沢山あったから。
「最近どう?」そんな事を聞こうとした俺より先に、歩くんの方が口を開いた。
「結局二週間経ったが、何か進展はあったのか?」
……彼は多分、時々俺に対して遠慮が無い所があるように感じる。まぁでも、誰に対しても一本線を引きがちな歩くんにとって、そういうなんでもズバズバ話せる相手が貴重な事も知っているから、そんな無遠慮な態度も嬉しかったりするけどさ。けれど、ズバリ、と言った様子の歩くんの問いかけには、思わずグッと答えを窮する。
「……うっ、何も、ないです……けど、」
「そうなのか⁈」
「だって……俺も忙しかったし……ほとんど会えてないし……」
大変申し訳ない事に、ご期待に添えそうな進展は無い。お互いに仕事が忙しくてほとんど会えてないのは事実で、でも俺なりに、会える日には積極的にスキンシップは取るようにしてきた。優馬くんからキスをしてくれる回数も増えたし、身体に触れたり、という面ではスキンシップも増えたんじゃ無いかって思うけど、一歩進んだ「そういう事」をするまでには至っていないのもまた、事実であった。
歩くんは、お皿の上のみたらし団子を一本、口に運びながらお上品に笑う。クスリ、と。
「前途多難か?」
これには、俺もフルフルと首を左右に振って、同じようにみたらし団子を頂く。
「ううん、ちょっとずつちょっとずつ、王子様のペースを見守ることにしたよ」
ちょっとずつ。俺は、それがきっと、初心者マークの王子様のペースなのだと思う事にしたのだ。みたらしあんたっぷりの、先端の一個を口に含んでもぐもぐさせながら、笑みを交えてそう言った俺に、歩くんは一瞬だけ目を丸くして、次の瞬間にはフッと目を細めて、笑って見せた。
「そういう歩くんは?どうなの?」
「うっ」
団子半分くらいのところで、そう反撃を始めた俺には僅かばかり眉を顰めて、歩くんは口の中の団子を飲み込むために緑茶に手を伸ばす。ごくごくと綺麗な喉元が動くのに見惚れていると、色白な頬をぽっと赤く染めた歩くんが、些か言い出しにくそうに、口を開いた。
「特にこれと言って変化は無いけど」
その反応はなんだ、と顔を伏せてしまった歩くんをジッと覗き込むと、真っ赤な顔がそっぽを向いて、それはそれは小さな、消え入りそうな声でそっと告げられた、衝撃的な事実。
「初めて誰かを、好きって思ったかもしれない」
「えぇっ⁈」
「直助のことが、好きなんだと思う」
えぇ?なんだ、それは!その反応は!ナオくんってば、大進展じゃん!俺は心の中でここには居ないあの可愛い子犬くんに盛大な拍手を送って、自分の事以上に、喜んでいた。
「まさか、そんな……ここに来て気付いたの?」
「あぁ、」
小さな小さな声は、けれども、俺の耳にはしっかり届いてるよ!歩くん!
「触れられる事がこんなに恥ずかしいなんて思いもしなかった、今は胸が苦しくて困っている」
歩くんが真っ赤な顔のまま、告げる言葉の一つ一つが愛おしげで、可愛らしくて、俺は人ごとなのに、心の奥がきゅーんとしているのを感じる。なんだそれは、幸せいっぱいじゃないか。俺まで嬉しい気分になってくるぞ、って、胸が高鳴る。ドキドキが止まらない。
だから、衝動的に歩くんを抱きしめてしまったのは、許してほしい。
「歩くん…………かっわいいいい〜!」
「おい、ルカ!やめろ……」
この恋はハッピーエンド!二つの恋物語は、それぞれのペースではありますが順調に進展中。
王子様とお姫様は、末長く幸せに暮らしましたとさ。

めでたしめでたし

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