xoxo - 3/5

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144.move(BPM/奥まで/キスしたい)

可愛い彼氏が出来たのだと、言い出せないのが芸能人の辛いところである。
紆余曲折あって、俺は今、ルカさんとお付き合いさせてもらっている。二人で相談して、この関係は誰にも、親友であるナオにも、ルカさんの幼馴染である岳さんにも、最初のうちは内緒にしておこうと決めた。尤もルカさんは明後日の方を向いて、「がっくんには秒でバレると思う」なんて言っていたけれど。バレたらまぁ、その時はその時だ。岳さん、口が硬そうだし、あの人一人に秘密が漏れてしまったところで、プロジェクト全体に悪影響があるとは思えなかった。
とにかく、生まれて初めて好きな人が出来て、その人に想いを伝えて、めでたく両思いとなった俺は、きっと目に見えて浮かれていたと思う。「優馬、なんか良いことあった?」ってニヤニヤした顔で聞いてくる孝明さんは多分、全部知ってるんじゃないかと思っていたけれど。
「優馬くん?」
俺の可愛らしい恋人は、ふわふわモコモコのピンク色のルームウェアを着て、今は俺のちょうど隣、肩と肩が触れ合ってしまうくらいに近い位置に腰を下ろしていた。
ルカさんと一緒だと、BPMが跳ね上がる。心臓が煩いくらいに鳴り響いて、ドキドキがとんでもない事になるのだ。付き合ってもこんな調子で、俺は、大丈夫なのかとも思うんだけど。
二人きりの部屋。今日は自室に、ルカさんを招いていた。紅茶を飲んで、ルカさんが出演したという舞台のDVDを観ながら、まったり。穏やかな時間だけど、ずっと、ドキドキが止まらない。
だって、ルカさんは今日も可愛くて、お風呂上がりなのか、少し湿った髪の毛からは甘い良い匂いがして美味しそうなのだ。キスしたい、なんて、真剣な顔をして画面を眺める横顔を盗み見て、一人で考えてしまう俺はなんて不埒なんだろう。付き合ってから一週間とちょっと、もうすぐ二週間、その間、お互いに忙しくて中々一緒にいる時間が取れなかったのだ。だからこうやって、隣にいて体温を感じられる時間はとても貴重だった。俺の方はもっと、もっと触れたいって思っている。ルカさんはどうなんだろうなって、考えてしまうのはやはり、こっちの経験が浅いゆえか。この人は俺よりもずっと大人なのだから、そんな事で悩んだりしないんだろうなって、思ってちょっと落ち込む。
ジッと覗き込んだ横顔がバッとこちらを振り返って、ルカさんがクスクス笑っていた。
「優馬くん」
「あっ……えっ?」
「優馬くん、見過ぎ」
「えぇぇっ⁈あぁっ……す、すみません……」
いけない、今日は一緒にルカさんの出ている作品が見たいって言い出したのは俺の方なのに。一人でそんな不埒なことを考えていたなんてこの人にはとてもじゃないけど言い出せなくて、俺は俺を覗き込む、ルカさんのまっすぐな瞳から逃げ出そうとする。
「……すみません……、集中、します……」
「あはは、集中?」
ぐいっと、ルカさんのお顔が近付く。さっきまで盗み見ていた可愛い顔が至近距離まで近付いて、金色の瞳に捕らえられる、こうなったら、俺はもう逃げることなんて出来ないのに。
「何考えてたか当ててあげよっか!」
ルカさんが笑って、ピンク色の唇が、近付いてきて、キスされてしまう、と身構えた俺は、重なった唇の感触に身を委ねるように、ぎゅうっと目を閉じた。何度も何度も、触れては離れていく熱を追いかけて、子どもの戯れみたいなキスを繰り返していく。
「……っは、……ぁ……」
「ふふ……」
ふと、上唇に熱を感じて、いつもと感触が違うことに恐る恐る目を開く。いつもは触れるだけだったそこを、上唇と下唇ではむはむと挟まれていた。柔らかな感触に目を丸くして、え、と息を飲み込んでいると、赤くて可愛い舌先がちらりと覗いて、俺の閉じた唇をトントンって突つく。咄嗟に開いてしまった唇の隙間、そこから進入してくる舌先が、歯列の更に奥まで入り込んで、俺の、舌を捕まえられる。ルカさんの口が甘い、さっきまで食べていたストロベリーキャンディの味がする。舌と舌とが溶け合ってしまうような深い、これは、大人のキスだ。はじめての、体験。息つく暇もない。チュ……、と音を鳴らして離れて行った唇に、「ぷはっ」と、それまで止めていた息をようやく吐き出した俺を、ルカさんの蕩けた瞳が見つめている。初めてする大人のキスに、もう、心臓はバクバクで、呼吸もままならない。きっと顔中が真っ赤になっている俺を見下ろして、ルカさんの一対の瞳が、何か言いたげな色を覗かせていた。
「……ルカさん?」
「えっと……」
ぽりぽりと指先で頬をかく、その意図とは。
「俺、明日早いんだった!そのDVD貸すから、時間ある時に見て!」
「ルカさん⁈」
「じゃあ、あのっ、また‼︎」
部屋から持参してきたブランケットを抱えて、ルカさんは忙しなく部屋を去って行ってしまう。
……俺が、あまりにもキスがへたくそすぎて呆れられた……?あの優しいルカさんがまさか、とは思うけれど、可能性としてはなきにしもあらず、で。室内には呆然とした俺が残されて、テレビの中には、舞台用のメイクをしてステージに立つ、凛としたルカさんの姿が、キラキラ輝いていた。

138.feel(触らないで/妄想/すべすべ)

「や、……っべぇ……、」と、自室の玄関のドアにもたれ掛かった俺は、そこでようやく一息吐き出してその場へと蹲った。玄関先だ、とは思ったけれど、だって仕方がない。ここは俺の部屋だし、今は誰もいない、施錠もちゃんとしたし、今こんな状態では例え来客があっても、申し訳無いけれど居留守を使うしかなかった。そう、今こんな状態では。
「……勃った」
……ひとりごとである。誰にも聞かせられない、ひとりごと。
はぁー、っともう一度重たいため息を吐き出して、俺は前を隠していたブランケットに顔を埋めた。
ほんのちょっとだけど、優馬くんの部屋のにおいがする。
純粋培養の王子様に恋に落ちたのはひと月ほど前のことだった。そこから色々あってお付き合いする事になり、付き合い始めて半月が経とうとしていた。その間も、仕事の合間を縫って、会える日には積極的に会いに行くようにしていたし、優馬くんを見てて「いいかな?」ってタイミングには、スキンシップも取るようにしていた。
キス一つするのにも、慎重に慎重を重ねていたのだ、それなのに。
あんなに物欲しそうな顔をされてしまったら、こっちだって我慢出来なくなるよ。
すべすべの真っ白な頬に触れて、柔らかな唇にキスをして、いつもはそこでおしまいなんだけど、今日はもうちょっと進んでみた。舌を入れたらどうなるのかなって、そうして、恐る恐る開かれた唇に、大人のキスを教えてあげた。最悪、突き飛ばされる覚悟もしてたんだけど、いや、「触らないでください」なんて言われちゃったら、俺も泣いてたと思うけどね?優馬くんは受け入れてくれて、答えてくれて。……キス、気持ち良かった。思わず、もっと先を求めたくなってしまったところで、優馬くんの真っ赤な顔を見つけて我に返ったわけである。誰かとお付き合いするのは初めてだと言っていたし、じゃあ、そっちの経験も無いわけで。妄想の中では、俺はあの子に抱かれるんだけど、初めてだったらそうもいかないのかなぁ……なんて思いながら、ため息は止まらない。
「どうしよっかな……これ……」
俺だって、年頃の男の子なのだ。好きな人には優しく抱かれたいとは思いながらも、キスしたら、エッチな事を考えたら、勃つもんは勃つ。そしてあさましくも、たったあれだけのキスで反応してしまった俺のそこは、多分放って置いても元には戻りそうに無い。無いんだけど、どうしても、優馬くんで抜くのだけは避けたかったのである。

だって、あの子は俺の王子様だし。

78.emotion(呼吸困難/あいつの女/噛みつく)

白瀬優馬は、法学部の王子様である。品行方正、成績優秀、それから、後光が差してるんじゃ無いかってくらいの恐ろしいほどの神がかった美形。聞けば、高校生の頃から芸能活動をしているらしく、ツキノ芸能プロダクションと言う、そっち方面に疎い俺でも聞いた事があるレベルの超大手芸能事務所に所属している、有名人らしかった。当然、白瀬は入学式から目立って仕方がなくて、女どもはどこか浮き足立っていたし、男でもため息を飲み込むほどの美しい存在だった。そんなわけだから、入学してしばらくは、遠巻きにされていた。動物園のパンダ状態だった。可哀想なことに。友達なんて出来ないのでは無いかと、他人事ながらに心配していたのだが、顔の良い男を構いたがる男もいるもので、ひと月も経てば何人かの男の取り巻きに囲まれている姿を見かけるようになった。それでもやっぱり仕事が忙しいらしくてどんなに誘われてもどこのサークルにも所属している様子は無かったし、忙しそうなのに成績は常に上位をキープしているし、教授達の評価も良い。女子の間では「優馬くん不可侵条約」なるものが結ばれているという噂も耳にしていた。「あんなにイケメンなのに彼女とかいないのかな」という俺の素朴な疑問は、「芸能人だから彼女なんて作れねーんじゃないの?」という友人の言葉に一蹴された。成る程、スキャンダルなんかは御法度というわけか、と納得して、その時は話を切り上げたんだけど。
あんなにイケメンなのだから、あの、白瀬優馬と付き合う女の子はどれだけの美人なのだろうかというのが、入学式以来、俺の頭の中にちょっとだけ残っていたらしくて。そんな記憶の隅の方にあったどうでも良い話題を思い出したのは、ゼミの有志らを募って飲みに行く話が出た時に、「白瀬も行く?」なんて言って、俺のツレが声を掛けていたからだった。女子達は「優馬くんも来るの⁈」なんて。キャアキャア騒いでいたけれど、俺はあの多忙な王子様が来るわけ無いと思っていた。案の定、白瀬優馬は申し訳無さそうに、人当たりの良い柔らかい笑顔を浮かべて言った。
「ごめん、先約があって……」
「あー、やっぱ仕事?」
「いや、……仕事では、無いんだけど……」
仕事では、無い。じゃあなんだ?彼女か?なんて思っていたら、白瀬が手にしていた黒いスマホがブルブルと震えていた。細い指先が画面をなぞって、どうやら、メッセージが届いたらしい、それを読んだ白瀬は、側から見ても分かりやすいくらいに、ぱあっと顔色を明るくする。おいおい、これは本当に。
「ごめん、飲み会は、また今度の機会に」
「分かった〜、また誘うな!」
「本当ごめんね、じゃあ」
これは本当に、彼女なのでは……と思いながらも、気付かれないように疑惑の目を向けていた俺であったが、おもむろにスマホから顔を上げた白瀬がぽつりと一言、本当に小さな声で言葉を漏らしたのを多分、一番近くにいた俺だけが拾った。
「……ルカさん」
…………『ルカ』さん?
誰だ、それは。顔を上げた白瀬の視線を追いかけて行くと、正門付近でぼんやりと人を待っている様子の背の高い女性?を見つける。オーバーサイズのジャケットと、細身のスキニー。派手な赤毛を一つにまとめて、黒いキャップからはみ出たポニーテールが揺れている。個人的に俺が好きな髪型だ。女性?という疑問形なのは、これがもう本当にスタイルが良くて、通り過ぎる女生徒よりも頭ひとつ分(しかも顔小さい)飛び出て大きかったからで、顔の半分くらいを隠した大きなサングラスを掛けていたけれど、それが逆に芸能人オーラを醸し出していた。美形を隠しきれていない、そんな、謎の美女である。は?もしかしてあれが『ルカ』さん?白瀬優馬のカノジョ⁈
呆気に取られて、急ぎ足でパタパタと掛けていく背中を黙って見送っていると、他の奴らも門のところにいる美女に気付いたらしい、次々と「ハァ⁈」という声が上がる。
「私の優馬くんに、許せない」って噛みつく女子、呼吸困難になりそうな女子……
戦々恐々とした場の中で、最初に白瀬を誘ったツレの男が、まじまじと正門の方を見ていた。
「あいつの女の趣味、意外だったな……」
どうやらあの人が『ルカさん』なのは確実だろう。白瀬のスマホのメッセージの相手。彼女なのかは、わからないけど、でもここから白瀬のあの緩んだ表情を見るに、どう見たってあの人にベタ惚れだって思うんだけど。ルカさん、綺麗だし、背が高いし、モデルさんか何かかな?なんて、思いながら、仲睦まじい様子の二人を眺めている俺は、入学当初に抱いた「白瀬優馬と付き合う女の子はどれだけの美人なのだろうか?」という激しくどうでも良いけどずっと頭に残っていた疑問がスッと解決された、爽快感?みたいなやつで、胸がいっぱいだった。
「や、でもお似合いじゃね?」
「まーなー。俺、あいつのあんな顔初めて見たもん」

66.pulse(メロメロ/心電図/ネオンライト)

その日は優馬くんと、待ち合わせをしていた。俺の仕事が夕方までだったから、じゃあ、って、大学終わりの優馬くんを捕まえて、ショッピングなりご飯なり、デートに出掛けようと思っていたのだ。
「大学まで、お迎えに行っても良い?」そう聞いた俺には、優馬くんは分かりやすく尻尾を振っていて、「いいんですか⁈」って、目をキラキラ輝かせていた。俺自身、優馬くんのキャンパスライフが見てみたかったのもあるし、一秒でも早く会いたかったから……なんて言ったら笑われてしまいそうだから、それは言わないけれど。
【着いたよ】って、LINEにメッセージを入れて、大学の正門前に寄りかかる。中に入ってもよかったんだけど、名門私立である彼の通う大学は、敷居が高いというか何というか。広大な敷地は、中に入ると逆に迷いそうだったし、ここなら見つけて貰いやすいかなって。今日は、割と控えめなファッションにしていた。黒いおっきめのジャケットに黒いスキニー、グレーのブーツ。サングラスとキャップで顔を隠して、手元の黒いスマホを弄っていると、通り過ぎていく学生さんたちがチラチラこちらを見ているけれど、そんな視線も、だいぶ慣れたものだった。どんなに目立っていても、「ROCK DOWNの名積ルカ」だってバレなければ、大体オッケーなのだ。
【見つけました、今から行きます】
優馬くんからのメッセージを受信して、キョロキョロと辺りを探すと。見つけた、俺の王子様。こんなに遠くに居ても目立ってしまうのは、芸能人だから、と言うよりも、あの子の容姿のせいだろう。大輪の白百合を背負って、キラッキラの笑顔を浮かべて、優馬くんは俺の前に登場した。
顔を見た瞬間にこちらの表情筋も緩んでしまう。俺はメロメロなのだ、この、年下の王子様に。

大学の近辺は目立つし、学生向けの居酒屋しか無いからって、とりあえず手近な新宿まで出ることにした。電車に乗ったらちょうど混み合う時間帯に当たってしまって、俺はドア付近に立って、優馬くんにぎゅっと密着してしまう。「ルカさん、大丈夫ですか?」なんて、優しく受け止めてくれる君。先日からのドキドキをずっと引き摺っている俺は、それだけで赤くなってしまうのだけれど。
電車が混んでいるのを言い訳にして、俺は優馬くんの胸元にそっと額を寄せる。
香水をつけるなんて話は聞いたことなかったけれど、優馬くんはいつも優馬くんの香りがする。爽やかで、でもどこか甘さも含んだその香りを、いつのまにか覚えてしまっていた。ドキドキしすぎて心電図はメーターを振り切ってしまいそうだったけれど、額を寄せた優馬くんの心臓からもドキドキが聞こえて、ちょっと安心した。たまに、俺だけがこんなに好きなんじゃ無いかって不安になる時もあるんだけど、優馬くんの真っ直ぐな愛情表現は、居心地が良い。
「……ルカさん?」
電車の車窓からは新宿の街のネオンライトが見える。眠らない街、新宿はこれからが本番なのだろうけど、俺は、と。俺を見下ろしている優馬くんを見上げる。車内は暖かくて、冬だから厚着をしているため、ジャケットを着ていたら暑いくらいだった。
「ご飯買ってって、おうち帰らない?せっかくだけど、まったりしたくなっちゃった」
というのは建前で、本音は。
一刻も早く、君と二人きりになりたかっただけなんだ。そんな下心でいっぱいの胸中を少しだけ覗かせるように、混み合った車内、誰にも見えないようにこっそりと下の方で手を繋ぐと、優馬くんは一瞬だけ目を丸くして、それからいつもの王子様フェイスで俺を見つめて、にっこり微笑む。
「はい」って頷く。それはそれは、ご機嫌そうな笑顔で。

128.mood(わがまま/バックハグ/汗ばむ)

あんなに足早に帰宅を急いだのは、ここに来て初めてだったかもしれない。
ルカさんに「コンビニ寄ってっても良い?」って促されて、帰り道に寄った最寄りのコンビニでは、缶のお酒と、お茶と、夕飯にもなりそうなおつまみもいくつか選んで、俺がレジに並んでいる間に、これも、と、ルカさんの手によって何食わぬ動作で籠の中に入れられた手のひらサイズの箱に、(タバコ……?)と首を傾げた俺だったのだが、しばらくしてその箱の意味をようやく理解して、その場でボンっと顔を真っ赤に染める事になる。
「あはは。ここは、俺に支払わせて?優馬くんは先外出てて?」
なんて。ルカさんには気軽にそう言われてしまうのだから、男らしく「俺が払います」って言い出す事も出来ずに、真っ赤になったままの俺は、そのまま店の自動ドアをくぐり抜けて、入り口の脇にしゃがみこんでしまう。あぁ、もう。本当に情けないのだが。
──コンドーム。
つまり、それって。そういうことなんですか?ルカさん。
電車の中から、「そういう雰囲気」になってしまったのは察知していた。流石に鈍い俺でも。人で混雑した車内で密着して、ルカさんの肩を抱き寄せて、甘いお菓子みたいなルカさんの香水の香りに包まれて。ドキドキしていたのだ、心臓の音、聞かれちゃったらどうしようなんて思ってて。そうして潤んだ目で見上げられて、甘えたように指先を絡められて「おうち帰らない?」だなんて。そんな事言われてしまったら「はい」って頷くしか出来なくて。そのまま、手を繋いで帰って来た。急ぎ足で。だから、家に帰ったらいっぱい抱きしめて、それからいっぱいキスをしようって思っていたのだ。お子ちゃまな俺は。でもルカさんが、それよりも先に進もうとしているとしたら?上手く出来るのか、どうしよう、って、ぎゅっと握った手のひらが、こんなに寒いのにじんわりと汗ばむ。
「お待たせっ!ごめんね、付き合わせちゃって」
ピポンピポンと入り口自動ドアの音が鳴って顔を上げると、大きいビニール袋を片手に笑う、ルカさんの顔があって。慌てて立ち上がった俺は、きっと間の抜けた顔をしていたと思う。
「いえ、あの、……ありがとうございました、半分、お支払いします……」
「いいよいいよ〜、ほとんど俺のお酒だし!」
ならばせめて、と、ルカさんから袋を受け取って、空いた右手は、さっきみたいにルカさんの左手と繋ぐ。ルカさんの手は温かくて、反対に俺の手は、多分ちょっと冷たくなってしまっていた。
「寒いね、早く帰ろう」
って、あなたが白い息を吐き出して微笑むから、帰り道は二人とも、急ぎ足で歩いた。

エレベーターを十一階で降りたのは果たして正解だったのだろうか。人の気配のあるロックダウンのコミュニケーションルームの前をこっそりと通り過ぎて、俺たちは無言で、ルカさんのお部屋へとやって来た。ガチャリと開いた扉の向こう、もう何度も来慣れた部屋であるが、今日は、なんだかいつもと違う気がしているのは俺だけなんだろう。……変に緊張しているのも、期待しているのも、きっと俺だけで、ルカさんは、と、思っていたんだけど。ルカさんがドアを閉めて鍵を掛けている間に靴を脱いでいると、ぎゅっと、背中に温もりを感じて振り返る。ルカさんにぎゅっと抱きしめられて、背中に、ほっぺたをぎゅうっと押しつけられていた。バックハグだ、こんなものも、初めての事で、靴を脱いでしまうと余計に感じるルカさんとの身長差に、可愛い、なんて思いながらも、それだけでドキドキしてしまう心臓を必死になって鎮めているところだった。
「ごめん、あの、」
「る、ルカさん?」
「俺今から、すごいわがまま言うから……、無理だったら、スルーしてほしいんだけど……」
背中に抱きついたまま、ルカさんは俺の背中に額を寄せて、本当に小さな声で呟く。
小さな、声だったけれど、静かな室内では、俺の耳にちゃんと届いていた。
「……えっちしたい」
そんな、ルカさんのダイレクトなお誘いが耳に響いて、俺は。
「嫌だったらちゃんと言って?俺は、優馬くんのペースに合わせたい」
ルカさんの声だけが耳に響いて、……俺は。
「……ゆ、優馬くん⁈」
気付いたら腕の中に、ルカさんを閉じ込めてしまっていた。ぎゅうっと抱きしめる、抱きしめると意外と華奢で、意外と筋肉質な事が分かる、それも、ルカさんの努力の賜物。顔を埋めた肩口から香るいつものルカさんの香りに鼻を鳴らして、その華奢な肩にぐりぐりと、額を擦り付けた。
「嫌なんかじゃないです」
「えっ?」
俺だってあなたのこと、大好きだから。そういう事するなら、ルカさんとが良い。
「……ルカさんが好きなので、嫌じゃないです」

目を丸くしたあなたを微笑みで受け止めて、そのまま、ガラ空きの唇にキスを落とす。

124.vibrant(ぞくぞく/甘噛み/いいこいいこ)

ベッドルームには間接照明だけが薄暗く灯っていた。これは、前に撮影で訪れたインテリアショップで買ってきた星型の可愛いライトで、その下にさっきコンビニで買ったコンドームの箱を置いて、ベッドサイドに腰を下ろしてはーっと息を吐き出す。先にシャワーを浴びさせて貰った。髪の毛を乾かす余裕もあったけれど、まだほんのり湿った赤毛をタオルで拭って、そこでようやく、「時期尚早すぎ?」なんて思ってしまう。優馬くんの顔は真っ赤だった。なんならコンビニを出た時からずっと。でも可哀想だって思いつつも、我慢が出来なかったのは俺の方で、こんな誘い方は後にも先にもした事はない、そんなダイレクトなお誘いを、恋愛初心者の王子様にしてしまったのだ。「えっちしたい」だなんて。一応、俺が受け身になる方でお風呂で準備させてもらったんだけど、あの子の方が抱かれる気だったら、それはそれで優しく教えてあげるつもりでいた。
つもりでいたけど、俺はやっぱり抱かれる方が良い。
「……ほんとに、良いのかな……」
「ルカさん?」
「ひゃあ‼︎」
ベッドに転がった瞬間、寝室のドアが開く音が聞こえて、顔を出した優馬くんにびくりと肩が跳ねる。お風呂上がりの優馬くんはふわふわつやつやで、ばっと身を起こした俺に、いつものキラキラ王子様スマイルを向けてくれる。
「お風呂ありがとうございました、化粧水とかも」
「うっ!うん!」
部屋着だって言って、ちょっと大きめのTシャツも貸してあげたんだけど、ジャストサイズみたいで良かった。普段はきっちりしている優馬くんだけど、カジュアルな姿も可愛いなんて、思ってしまうのは多分、彼氏の贔屓目。手招きをしてベッドサイドの俺の隣に座らせると、がちがちに緊張した横顔が覗いて、こっちまで緊張してきた。手を引いて目を閉じて、ジッと、キスを待つ。
数秒後に躊躇いがちに触れた唇の熱、今度は優馬くんの方からそっと舌を差し入れられて、歯列をなぞられる。この前よりもずっと上手になってるキスにびっくりして、背中がぞくぞくして、舌を絡めて返してあげると、お風呂上がりでぽかぽかな指先が、シャツの裾を捲って中へと侵入してくる。
「……ふ、……ぁ」
肌を触られただけで気持ち良くて、もっと触ってほしくて、俺は、着ていたシャツを脱いで、優馬くんをベッドへと引き倒すと、薄いお腹の上に馬乗りになる。ちゅ、ちゅ、と頬や額にキスを降らせて、最後に、驚いた表情を浮かべる、その高い鼻先を優しく甘噛みしてあげる。
「おれも、いっぱい気持ちよくしてあげるね?」
いいこいいこするように、ふわふわの髪の毛を撫でて、真っ白な頬に指を這わせると、目下の優馬くんの顔が真っ赤に染まった。ごりっと、下半身、おしりの辺りに、ちゃぁんと反応してくれている硬い感触を感じて、俺はふふふとほくそ笑む。

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