xoxo - 4/5

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60.beat(ドクン/夜更かし/へとへと)

お布団が、気持ち良い季節だ。ふかふかの肌触りと、いつもと違う、身体を包み込むような心地良い圧迫感を感じて、おや?と首を傾げる。窓から差し込む光を浴びて目を開けると、もう朝な事に気付いて一瞬で顔を青くした。あれっ、今何時だ?朝日を浴びながら、ぼんやりとした記憶を手繰り寄せていた。昨日は夜更かしをしてしまったのだ。一晩中求められて、何度も、行為に及んで、やっと解放されて寝ぼけまなこでシャワーを浴びて寝たのは何時だったか覚えていない。俺はオフだから良いんだけど、優馬くん、学校とか仕事とか、大丈夫なのかなって、ドキドキしながら時計を覗き込んだら七時前でホッと胸を撫で下ろした。
へとへとに疲れきって、ぐっすりと眠る寝顔を見つけて、(寝顔は可愛い)って、思いながらそのサラサラの金糸を撫で付けた。くすぐったそうに身を捩る、その仕草も子どもみたいで可愛らしい。寝顔は可愛い、昨日は、あんなに激しかったのに。
俺だけが、こんなに好きだって思ってたんだけどな。
最近お付き合いを始めた、俺の大好きな王子様。誰かとお付き合いするのは初めてだって言ってて、じゃあエッチも初めてなんだなって、俺の方で色々下準備をして臨んだんだけど、ちゃんと出来るのかなっていう俺の心配は、結局は杞憂に終わった。身を起こして、半分以上中身の減ってるコンドームの箱を見つけて今更ながらに驚いている。俺も、体力はある方だけど、一体何回したんだって、その若さに呆れて、それから行為の最中の彼を思い出してぽっと頬を赤く染める。
王子様はどこまでも優しくて、それから、意外と、激しかったのだ。色々と。
あんなに優しく抱かれたのは生まれて初めてだったし、初めての子にあそこまで求められるとは思ってなかったから、俺は、途中から頭がついていってなかったと思う。気付いたらベッドに寝てて、それでもこのままべたべたの身体で寝るのはまずいと思ったらしい、シャワーを浴びて寝たまでは覚えている。その間ずっと、優馬くんは気を失ったように爆睡していた。
起きたらシャワーに行かせよう、それから朝ごはんを食べさせてあげて、仕事や学校があるならそろそろ起こさなきゃいけない、なんて、思っていたところだ。タイミング良く優馬くんが瞼を擦って、むにゃむにゃと起きる仕草を見せていた。
「う……ん……」
お目覚めまで、美しい。朝日を浴びてキラキラ光る髪の毛を優しく梳いて、「おはよう」って言う俺の声が、こんなに甘い事にびっくりしてるのは俺だ。優馬くんは重たい瞼を開いて俺を見つけると、顔中を真っ赤に染めて、「おはようございます」と、小さく返してくれた。
「優馬くん、今日仕事は?」
「……仕事は、ないです……あ〜、一限から……講義が……」
眠たそうな瞼を無理矢理に開いて、スマホの画面を眺める優馬くんを見下ろして、だったら起きなきゃって、思ったんだけど。優馬くんははーっと大きく息を吐き出して、ベッドサイドに座っていた俺の腕を引いて、再びお布団の世界へと引きずり戻す。えっと息を飲み込むタイミングで、その腕の中に、ぎゅうっと捕らえられてしまう。
「……起きなくていいの?」
「……学校、サボります」
「えぇ?」
「どうしよう、生まれて初めて……こんな……」
ここで、学校行きなよ、って言えないのが、多分俺の弱いところである。優馬くんの腕に抱き締められてしまったら、もうここからは抜け出せないって、分かっている。
分かってるのに、そう仕向けたのは俺の方なのに。
「……悪い子だなぁ」
なんて、言ったら、俺を抱きしめる優馬くんが分かりやすく嬉しそうな顔をした。
それを見て、ドクン、と高鳴る胸の音と、それから、頬っぺたが熱い。
「俺、わるいこですか?」
「喜ばないの〜」
「ふふ、そんな事言われるのも、生まれて初めてです」

王子様の誘惑には、抗えない。
嬉しくてドキドキと胸の鼓動が聞こえる。

142.crush(キスマーク/一目惚れ/激情)

「おはよう」って俺を起こすあなたの声がこんなにも甘い。
心地良い気怠さの中で、腕に抱き締めていたはずの温もりが無くなっていて、あれ?と首を傾げたのだ。それでも、重たい瞼をうっすらと開いたら俺を優しく撫でるルカさんの姿があって、昨夜の一部始終を思い起こしてボッと顔を赤くした。昨日は、激情に身を任せて、この人に無理をさせてしまったのだ。もう、記憶は曖昧だったけれど、既に何回か事に及んでいて、それでもルカさんは「止めて」って言わなかったから、「良いよ」って言ってくれたから、促されるがまま、行為を重ねた。最後の方には俺の方も記憶が飛んでいて、後処理、しなきゃなと思いながら、重たい瞼には抗えなくて、結局は寝落ちしてしまったのだ。我ながら最低というか情けないというか。
今日は朝から学校だったのだけれど、サボる決意をして布団の中に潜り込んでしまうと、腕の中に捕まえたルカさんも楽しげに笑っていた。細い身体を抱き締めて、そうしてようやく覚醒してきた俺の目に、真っ先に飛び込んできたのが、ルカさんの白い身体中に散ったキスマークで、俺はさっきまで赤かった顔を、今度は青くする。
は……?え?これを、付けたのも……、俺?
「る、ルカさん!……これ……」
青い顔のままで、肩口とか、薄いお腹に散った赤い印を指で辿って行くと、ルカさんはくすぐったそうに笑みをこぼして、布団の中で俺を見上げていた。
「すみません‼︎これ‼︎えっと……」
「良いよ良いよ、しばらく露出する仕事も無いし、ここだったら見られないっしょ?」
「でも、ルカさんの綺麗な肌に……」
綺麗な肌に、跡なんか残ってしまったら。痣みたいな痛々しい痕跡を見つめて、そんな事を考えて泣き出しそうになっていると、両頬を捕まえられて、チュッと、そのまま鼻先にキスをされた。
「俺も残って欲しいんだけどさ〜、キスマって意外とすぐ消えちゃうんだ」
「えぇ?」
「だから、また付けて欲しいときは言うね!」
どこかご機嫌な様子のルカさんに、そういうものなのか……と思っていると、ルカさんは俺の胸元にぎゅーっと抱きついて、柔らかなほっぺを擦り付けて呟いた。
「優馬くん大好き」
小さな、でもしっかりと俺の耳に届いたその呟きに、あー、っと頭を抱えてしまう。好きすぎて。
「……おれもです」
クスクスと笑う、腕の中の愛しい人。ずっと手に入れたいと思っていた。出会ってからずっと。一目惚れで、それからずっと好きで。だから、この人も俺の事を好きだって知って、舞い上がってしまいそうな心地だった。実際、この手の中に抱き締めて尚、愛しさはもっとずっと、募るばかりだ。
学校、休んでしまえば今日はもう一日中何もする事が無くなる。ルカさんは今日はお仕事あるのかな?お休みだったらどこかに出掛けられないかな?なんて、思ったりもして。
「ルカさんもお休みでしたら、今日はどこか、出掛けませんか?」
そう、切り出した俺に、ルカさんは分かりやすくご機嫌な表情を浮かべていた。

86.furtive (こそこそ/泣き顔/ストッキング)

性生活における趣味嗜好の一致というのは、恋人と上手くお付き合いをしていく上でとても大切な事だと思う、と、ふとそんな事を言い出したのは孝明くんだった。ロクダンのコミュニケーションルームでがっくんと二人で飲んでいたらつまみ片手に孝明くんも参加してきて、俺たちは夕方すぎくらいからなんだかんだで五時間近く酒を飲み続けていた。とはいえ酒豪が三人揃って、宅飲みなのでペースもゆっくりだったし、みんなほろ酔いといった具合で、気持ち良く酔っ払っていた中だったので、冷静になって考えてみれば結構サイテーな事を言ってるはずの孝明くんのコメントも、俺はなんの疑問もなく素直に受け止めていた。
「俺はちなみに、女の子の泣き顔が苦手」
「あー、俺もです。泣かれるとウッってなりますよね」
孝明くんとがっくんのそんな世間話を聞き流しながら、性生活における趣味嗜好の一致……、そういえば、と、うちの王子様の顔を思い浮かべていた。付き合い始めてひと月半、エッチをするようになって半月とちょっと。ここまで何回かそういう事をしてきて、あの子に変な性癖は無い、と思っているけれど。まぁ若さ故に暴走してしまうことはあったけれど、俺も翌日に仕事が無い日には限界まで付き合ってあげるようにしていたし、そういうところも可愛いよなぁ、なんて、そりゃーもー手放しで猫可愛がりしていたのである。だって、優馬くんは可愛い。
一応、お付き合いしていることも、最初の約束では、周りには秘密だったのだ。……一応。
「そういやルカ、最近うちの王子様とはどうなの?」
「ぶーーーーー‼︎」
「うわ」
孝明くんは何杯目か分からない湯呑みの日本酒を空にして、いつものニコニコアイドルスマイルでそんな事を言い出す。俺が缶酎ハイを吹き出したのは言うまでも無いし、がっくんは甲斐甲斐しくも、テーブルに飛び散った酒を拭くための布巾を取りに席を立ったところであった。
「……なんで孝明くんが知ってんの?」
「俺は別に。ルカも隠すの上手いんだけどさぁ〜、優馬の方がバレバレで」
がっくんに、バレるのはある程度覚悟していたけれども、そこまでこそこそ付き合っているつもりは無かったけれども、これはまさかの伏兵であった。孝明くんにバレバレなのであったら、彼の親友のナオくん辺りも知っているのではないかと、俺はがっくんが持ってきてくれた布巾で机を拭いながら、はぁー、と大きなため息を吐き出す。
「優馬くんは?俺のことなんて?」
「いや、あいつも健気なもんよ。一応ちゃんと秘密にしてるみたいだけどね?」
「いやぁー……うん……。健全なお付き合いをさせて頂いております……」
どこまで、とは言わない。VAZZYのパパがニヤニヤとした笑みを浮かべているからだ。
「でもまぁ、上手く行ったんなら良かったよ」
がっくんも、微笑ましいものを見る目で俺を見てくる。俺は居た堪れなくなって、すっかり温くなってしまった残りの酎ハイを煽った。炭酸のだいぶ抜けた桃の甘い味が、口の中に広がる。

性生活における趣味嗜好の一致……、そんな酒の席でのひとこまを思い出したのは、俺の部屋に訪れていた優馬くんが、積まれた洗濯物の上から、洗い上がりのストッキングを見つけ出したからであった。ストッキングとはいえ、八〇デニールの厚手の、冬場の防寒用タイツのようなものだ。その黒いストッキングを手にした優馬くんは、珍しいものでも見つけた様子で、キラキラと目を輝かせている。成る程、こういうのが好きなのかと、その顔を見て、ピコーンと閃いちゃった俺。
「履こうか?」
「えぇっ⁈」
まさかの展開、と言わんばかりに、ストッキング片手に嬉しそうな優馬くんと、こういう楽しいことは大歓迎な俺。確か丈の長いニットがクローゼットにあったはず……と思いながら、優馬くんからストッキングを受け取って、クローゼットの中に頭を突っ込んで色々思いを巡らせる。
いや、もう、せっかくだから……

「優馬くん、二十分くらいお部屋で待ってて!」
「え?」

152.shake(RIP/奪いとる/ラッキースケベ)

ルカさんは、びっくり箱みたいな人である。一緒にいるとドキドキして、ワクワクして、お付き合いをしてからもずっと、日々が新鮮な驚きに溢れていて、俺を飽きさせる事がなかった。
今日だってそう。元はと言えば俺がルカさんのお部屋で黒タイツを見つけたのがきっかけだった。きっとこれを履いたルカさんも可愛らしいんだろうなって思って眺めていた俺に「履こうか?」って言ってくれて、俺は二十分部屋で待つように言われたのだ。ルカさんが何をしてくれるのか、ワクワクしながらお部屋でスマホを弄っていた俺は、きっかり二十分後にピンポンと部屋のインターフォンを鳴らしたその人を迎え入れるべく、パタパタと急ぎ足で玄関へと向かう。
「優馬くん!お待たせ!」
「……わぁ‼︎」
姿を現したルカさんは、それはもう可愛らしい格好をしていて、思わずため息がこぼれ落ちた。白いハイネックのニットに、先程の黒タイツ、髪の毛はまとめられて、頬っぺたと唇は淡いピンク色をしている。女装?とも思ったんだけどそう一言で言い表せないほど可愛らしいルカさんは、玄関に上がると、ニコニコご機嫌そうに俺を見上げていた。
「前に、舞台で女装男子演じた時の変身セットが残っててさ〜!可愛い?可愛い?」
「か、可愛いです!その舞台も観ました、DVDですけど……可愛かったです‼︎」
バタン、と音を立てて閉まった玄関のドア、鍵を掛ける前に、咄嗟に、その細い腰に手を回してピンク色の唇を奪いとる。ルカさんはびっくりして目を丸くしていたけれど、そんな顔も可愛い。
チュっと離れて行ってしまった唇を名残惜しそうに見送って、ルカさんの手を引く。
「あの、今日は、ひとりじめさせてもらって、良いんですよね?」
伺うようにそう尋ねた俺にはクスリとひとつ笑って、ルカさんはぎゅっと俺の手のひらを握り返す。
「優馬くんって意外と独占欲強いよね〜」
「ルカさん限定、です」

そして俺は今、何故かタイツを履いたルカさんのお膝の上に横になっていた。所謂、膝枕。一応、男性の膝である、しかも程良く鍛えられているその膝は、決して柔らかくは無いんだけど、黒タイツのツルツル感が頬に当たって気持ち良くて、暖かい室内で、ウトウトとこのまま眠りそうになってしまう。ルカさんは俺の頭をよしよしと撫でていて、終始ご機嫌そうである。ラッキースケベ、という単語が俺の頭に浮かんでいたのは、先日、ナオに付き合って女の子がいっぱい出てくるゲームをしている最中にナオがそんな言葉を口走ったからだ。その、ラッキースケベ。これもラッキースケベなのだろうか。
う〜んと唸っているとうっかりこのまま寝てしまいそうで、流石にそれは不味いんじゃないかってバッと身体を起こすと、ルカさんが気遣うように俺を覗き込んでくる。
「やっぱり、男の足じゃダメかな?硬い?」
「そんなことは‼︎」
そんな事ないです!と言いかけた俺はルカさんに捕まって、唇まで捕らえられる。さっきキスした時も思ったんだけど、ルカさん、色付きのリップグロスを塗ってるのだ。それも甘い、蜂蜜みたいな味がして、トロトロしていて、キスが深くなると余計にそう感じて、熱に溶かされていくみたいにその甘い唇に溺れそうになっていた。ハァと呼吸する合間も与えてくれなくて、首に腕を回される、キスがもっと深くなる。こぼれ落ちた後れ毛を耳に掛ける仕草が色っぽくてドキドキしている俺に、ルカさんはふふふと笑って、キスだけで硬くなってる、俺のそこを指先でつつってなぞる。
「……ベッド行く?俺はここでも良いけど」
こうなってしまったらもう、完全にルカさんのペースである。
俺のそこは浅ましくも反応を見せていたし、ルカさんは全部承知で、甘い誘惑を仕掛けてくる。幸いな事に、うちの部屋のソファは合皮で、汚れても簡単に拭ける。都合の良い事に。
「ここで良いです」

R.I.P. ──安らかに眠れ──と、天の声が聞こえた気がした。

53.chicness(ベビードール/病みつき/副作用)

俺は真っ白でヒラヒラのふわふわを手にして、大きなため息を吐き出していた。

先日、女装エッチをしてみたのだが、これがもう予想外に盛り上がってしまって。優馬くんもなんだけど、俺の方が。女の子の格好をしているという倒錯感が病みつきになりそうな自分がいて、ヤバいなって思いながらも、これはもう引かれそうだから誰にも言わないんだけど、つい先日、通販サイトでそういう、女の子のエッチな服を買ってしまった。白くてふわふわで、ヒラヒラで、でも肝心な所の布が足りないエッチな、下着みたいな、サテンのワンピースのような、所謂ベビードール。
今日届いた小さな段ボール箱からそれを取り出して広げて見る。かわいい、可愛いのだ、可愛い女の子が着ればきっと可愛い。だって俺の趣味で買ったから、俺の好みなのは当たり前だ。けれども俺は、その小さなベビードールを見つめて、深い、深ーい、ため息をひとつ吐き出していた。着れるのかこれ。サイズ的な問題では無い。女性用のLサイズは普段から着ているから大丈夫な筈で。問題は俺の精神的な方なのだけれど、引かれないだろうか?という、不安があったのだ。
だって前回は私服にストッキングだったし、優馬くん、ストッキング好きそうだったし。
だからこそお互いに乗り気だったけれど、今回のこれはもう、直接的すぎるのではないか、と。何度も行為を重ねて、恋愛超初心者からやっと超が取れたくらいの、恋愛初心者の優馬くんには刺激が強すぎるのではないかと、俺は購入ボタンを押してからずっと、思い悩んでいたわけである。

「優馬くん‼︎」
お部屋でのデートは、もう何回もしていた。今日は俺の部屋。優馬くんがこの部屋を訪れるようになってからは比較的綺麗な状態が保たれていて、そんな片付けられた部屋の中で俺はソファに座って、後ろから優馬くんに抱っこされながら、ライブのDVDを見ていた。その、最中である。
改まって、思い立ったようにそう切り出した俺に、優馬くんは律儀に「はいっ!」と背筋を伸ばす。
「優馬くんあのね?……この間の服、可愛かった?」
「服……、あぁ、か、可愛かった、です……」
覗き込むようにそう問いかけると、この前の行為を思い出しているのだろう、優馬くんはボッと、顔を真っ赤に染めていた。
「…………じゃああの、また可愛い服、買ってみたんだけど……」
「えぇっ?なんですか?改まって……」
「今度はあの〜……えっと〜、ちょっと、ちょっとだけ、刺激が……」
「どんなルカさんでも良いに決まってるじゃないですか?」
コテン、と首を傾げた優馬くんの腕の中からすり抜けて、ウーンと考える仕草をしていると、不思議そうな顔をしている優馬くんとチラリと目が合う。その、なんの疑いもない澄んだ表情。
王子様は心なしか、期待に満ち溢れたような目をしているようで。
大丈夫……?大丈夫だろうか、これは。
実はもう、ルームウェアの中にベビードールを仕込んでいて、あとは脱ぐだけなんだけど。
暖房はガンガンに効かせている、むしろ暑いくらいで、だから、準備はオッケーなのだ。俺はソファの上に正座して、首をちょっとだけ、上にあげる。「ん、」って。
「え?」
「……脱がせて」
「えぇぇっ⁈」
目を丸くした、優馬くんを促して、胸元のジッパーを開けさせる。
ジーっという音と共に、パーカーの前が開かれて……、中を確認して固まって、顔を真っ赤にした優馬くんが、再び、ジーっとジッパーを閉めてしまう。………………え?
「るかさん……」
「だ、だめ⁈」
「ルカさん、……ダメじゃ無いです、ダメじゃないんですが……」
「なんで!」
「俺には……俺には、刺激が……」
ジッパーを、全開にする俺と、閉じようとする優馬くんの攻防である。えっ、っていうかやっぱダメだった?過激すぎた⁈さっきから真っ赤な顔で俺と目を合わせてくれない優馬くんに泣きそうになっていると、うるうると瞳を曇らせた俺を見下ろして優馬くんがギョッとしていた。
「引かれる前に脱いでくる」
「ルカさん‼︎」
最後に、ジッパーを上まで上げてその場から逃げ出そうとした俺を腕の中に捕まえて、ぎゅっと強く抱きしめて、優馬くんが耳元で囁く。それだけでドキドキしてしまうのが、ゲンキンな俺である。
「……脱がないでください、……あの、可愛い、ので……」
「……優馬くん?」
「可愛いです……、えっと、すみません……取り乱してしまって……」
抱きしめられてキスをされて、目を丸くしてると、優馬くんが、ぷるぷる震える手でもう一度ジッパーを下ろして、その中のヒラヒラに手で触れてみせる。
「可愛いです」
その一言だけで、もう、嬉しくて仕方がない。
今度は俺の方からぎゅっと抱き着くと、腕の中の優馬くんが「わ、」と声を上げた。
「……暴走しちゃったらすみません」
俺の頭をよしよししながら、キミは言うけれど。暴走も大歓迎だし、なんなら俺も大興奮してるし、本気で女装エッチにハマってしまいそうな自分がいるのはこの子にはまだ内緒であった。
女装。常用するにはとんでもない副作用を含んでいる、エッチなスパイスである。

146.dazzle(めまい/パンチライン/微熱)

俺は今、のっぴきならない事情に直面していた。友人……いや、優馬はもう、無二の親友と呼んでもいい。それくらい大切な親友と一緒に遊んだ、帰りに寄ったカフェでのひとこまである。
ショッピングをして、ゲームセンターで遊んで、その帰り道。優馬は欲しがっていた服が買えたみたいだったし、俺も久しぶりにアーケードゲームで遊べて、お互いに大満足の休日で、後は帰る前に小腹が空いたからなんか食べて行こうかって、寮の近くにあるコーヒーショップに入る事にしたのだ。向かい合って座って、ケーキが二つとコーヒーとカフェオレが並んでる。
「……えっと、こんな事、ナオにしか聞けないんだけど……」
それまでの明るい笑顔を潜めて、優馬は急に深刻そうな表情を浮かべている。珍しいその様子に、一体どうしたのだろうかと不安になってしまう俺。優馬はいつだって穏やかで落ち着いていて、大人で、俺の道しるべみたいな存在なのだ。だからそんな風に不安そうな顔をしているところなんて見たことが無くて、だから余計に、俺にだけ話してくれる、その相談内容が気になってしまう。
そんな中で親友の繰り出したパンチラインは、俺の心臓にクリティカルヒットしたわけである。
「コンドームって、どこで買えばいいのかな……?」
「は?」
ティータイムの最中で賑やかな店内で、そっと潜めた優馬の声は多分俺にしか聞こえていない、のだが、そんな中で俺は自分の耳を疑っていた。…………は?なんて?
「……コンドーム……?」
って、あれだよな?あれ。避妊用の。最早それ以外のコンドームなんてこの世には存在しないのだろうけど、それを口にしているのが優馬だという事実が俺を混乱させていた。え、だって、あの優馬が?あの、性的な話題どころか恋バナすらもした事ありませんって状態の、純粋培養の王子様の、あの、白瀬優馬が?コンドームだって?は?
しかしどうやら俺の聞き間違いでもないらしい、優馬は顔面を真っ赤にして、手元のコーヒーを一口だけ啜って、更に消え入りそうな小さな声で呟くのだ。
「……コンドーム」
「大丈夫だ、優馬。理解したから、無理にそう何回も言わなくて、大丈夫」
「ナオぉ……」
優馬は、自分から言い出しておいて、泣き出しそうな顔をしていた。
あぁ、めまいがする。しっかりしろ。俺がしっかりしろ。
コンドーム、と、親友の口から吐き出されるにはあまりに信じがたい単語を心の中でだけ反芻させて、俺はウーンと頭を抱える。あの、優馬が。しかもよりにもよってコンドームだ。「貸してやろうか?」なんて醤油みたいに気軽に貸し借りするようなもんでも無い。
「ネットとかで、売ってるんじゃ……」
第一俺は、通販派である。コンドームとかローションとかそういうのはもっぱら。
だからさも一般論みたいにそう伝えたんだけど。……なんだけど、優馬は。
「ネットだと、届くのに時間が……」
「えっ、そんなに近々の問題なの?」
アマゾンなんて、それこそ明日届くのではないか。それじゃあ、ダメなのか?という疑問が生じる。
ていうかいつのまに恋人なんて出来たんだ?俺、何も聞いてないんですけど?そんな事を思いながら優馬の事をジト目で見つめるんだけど、その優馬があまりにも困った様子だから、放って置けないのも事実で。こいつは俺の親友なのだ、困った顔をさせるのはしのびない。
「……あとはまぁ、ドラッグストア、とか?」
「売ってるの⁈」
「見たこと……は、無いよな、うん。……帰りに買って行く?」
「ナオ‼︎」
優馬の瞳が、キラキラと輝いていた。いつにないそのキラキラが眩しくて、俺はウッと目が眩む。
「ナオ、ありがとう」
お前が笑顔になってくれるなら何より、だけどさ……コンドーム、誰と使うんだろう、なんて考えてしまう俺を許してほしい。だって俺は、この純粋無垢な親友が心配でならないのだから。

優馬の笑顔を見つめて俺は、頭痛がしていた。微熱でもあるのかもしれない。

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