xoxo - 5/5

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82.live(フィクション/xoxo/猟奇的)

ルカさんから届くメッセージの最後に、決まって添付される画像があった。
猫さんが大きなハートマークを持っていて、その中に【xoxo】と記されている、可愛らしいイラスト。「xoxoってなんだろう?」って不思議に思って意味を調べた事があったのだけれど、「キスとハグ」って言う愛の告白のメッセージだということを知って、ドキドキしてしまったものだ。
ルカさんからのメッセージ。おはようからおやすみまで、些細な出来事の写真の一枚まで、いつだって嬉しくて、俺はその一つ一つを「好きだなぁ」って思いながら、指でなぞっている。
だってその一つ一つに、何か特別な意味がある気がしていたから。

ルカさんは舞台の期間になると、俺の前からパッタリと姿を消す。稽古期間中は、まだ、部屋に遊びに来てくれたり、オフの日には出掛けたりもするんだけど、舞台の期間に入ると、数日だったり、長い時には半月くらいずっと、LINEのメッセージですら、なんの音沙汰も無いのがほとんどだった。その間はひっそり、ロクダン階に引き篭もっているらしくて、だから俺はこの期間中は、ルカさんに会うために、こっそりとルカさんの出演する舞台を観劇に行く事がある。もちろん、スケジュールが合って、倍率の高いチケットを取れれば、の話なんだけど。スケジュールが合わなかったり、チケットが取れなかった舞台も、DVDが発売されたらそちらで見るようにはしていたけれど、ただ、これがルカさんにばれると見に行ける全公演分のチケットを用意しかねないから、ルカさんご本人には内緒にしてあった。
今日もこうして、変装をしてルカさんの舞台を観に来ているところだった。
ルカさんは憑依型の役者で、役柄が自分の中に降りてくるという天才肌なのだけれど、あの人が出演する舞台は、とにかくすごいのだ。お芝居というフィクションの世界の中で、たった一つ、一番星みたいに鮮烈に輝く『リアル』が、舞台の上のルカさんだった。
俺は、プライベートのルカさんだけではなくて、舞台の上のルカさんにもはまり込んでいた。
公演のパンフレットを胸に抱いて、今日の舞台の余韻に浸りながらコミュニケーションルームでポヤポヤと浮ついていると、大抵、VAZZYのメンバーの誰かが声を掛けてくれる。
『優馬』
なんて、こんな風に。
今日もほら、ナオだろうか?それとも二葉さんか、仕事の終わった孝明さんだろうか?
けれども、そのいずれでもない、聞き馴染みの無い声にパッと振り返ると、視界を鮮やかなマゼンタピンクが覆い尽くす。俺は声を上げる前に、その人にぎゅうっと抱き締められてしまう。
『……やっと見つけた、僕の愛しい人』
「えぇっ⁈ルカさん?」
ルカさんだ、ルカさんなのだ。今一番会いたかったその人が、ここにいる。
いつもの明るいピンク色の髪の毛は、舞台前に少し短めに切り揃えたらしいけれど、俺の大好きな星色の瞳は、いつもと同じような輝きの中に、俺の姿を写し込んでいた。
どこからどう見てもいつものルカさんだった、けれど。
『その可愛らしい唇で、僕以外の名前を呼ばないで?プリンセス』
チョン、と指先で唇に触れられる。
これは、完全に、役が憑依してしまっているのではないか。ルカさんの今回の役どころは、乙女ゲームが原作の、二.五次元舞台の、金髪の王子様の役だった。俺は聞き慣れない声と嗅ぎ慣れない香りに包まれながら、ルカさんなのだけれど、ルカさんでは無い、不思議な感覚に陥っていた。昼間舞台の上に見た、役者の「名積ルカ」がそこにいて、俺はずっと憧れ、恋焦がれていたその存在を目の前にして、すっかり、身動きが取れなくなってしまっていた。ルカさんの指先が俺の唇をなぞって、その、唇が静かに降ってくる。……キス、されてしまうのだ、ルカさんだけどルカさんでは無い存在に。そう思っていた、けれども、この甘い誘惑には抗えなくて、されるがまま、身を委ねる。
チュ、と重なる唇。
直後、重なった唇の隙間から「……え?」と、言葉がこぼれ落ちるのが聞こえた。
「……あれ?優馬くん?」
「……ルカさん?」
魔法が解けた、瞬間である。
ルカさんはその大きな瞳をぱちぱちと瞬かせて、それこそ憑き物でも落ちたような顔をして俺を見つめていた。それはすっかりいつもの、俺が知っている、俺の大好きなルカさんの姿だった。
なんだかんだで、この状態のルカさんを垣間見るのは初めての経験だったから、多分ルカさん本人以上に、俺の戸惑いは大きくて。離れていく唇を見送って、俺は、ハァと大きく一つ、息を吐き出す。
「どうしてここに?」
どうして、俺のところに会いに来てくれたのか、それは、素直な疑問だった。だっていつもルカさんは、この期間中は俺を避けて生活していたのだ。それが、急にどうしてだろう?って。
そうしたらルカさんは、にっこり笑って、俺に言う。
「優馬くん、今日の舞台、観に来てくれてたでしょう?」
「え?」
「舞台の上で気付いてね。そうしたらいても立ってもいられなくなって、会いに来ちゃった」
俺は、ボンっと、顔が真っ赤になっていたと思う。だって、内緒で通っていたのだ、この人には。内緒でチケットを買って、スケジュールを合わせて、見つからないように変装して。それが、ばれたって知って、急に恥ずかしくなって、あぁ、顔が熱い。パタパタと、熱くなった頬を扇ぐ。
それにしても、すごい。憑依型の役者だとは聞いていたけれど。その演技力は舞台を見て目の当たりにしていたけれども。プライベートにまで入り込む、その様子を見せつけられて、俺は言葉を失ってしまっていた。ルカさんは人気の俳優さんだったから、演じる役は、騎士団長とか、王子様とか、主役級の配役である事が多いんだけど、本人は悪役とか、猟奇的な殺人犯とか、サイコパスな役も演じてみたい、って言っていて、俺はそんな、普段のルカさんとは百八十度違った、新しいルカさんも見てみたいなって、思っていたんだけれど。
思っていた、けれども、本当に、役柄がこの人の中に入ってしまうのだとしたら。
初めてルカさんの憑依状態を目の当たりにして、そんな役を演じてしまう事になったら、この人は大丈夫なのかと、急に怖くなったのだ。
「……優馬くん?どうした?」
急に、怖くなって。その細い身体をぎゅうっと抱きしめる。
ルカさんは不思議そうな顔をして、俺の頭をいいこいいこって、撫でてくれていたけれど。どこにも行かないでください、って言いたいのに、それは、役者であるこの人を否定してしまうような気がして、役者の「名積ルカ」のファンでもある俺は、それ以上の言葉を紡げずにいた。

部屋に戻った俺に、ルカさんからLINEのメッセージが届いていた。
こんな事は舞台の期間中は初めてで、珍しいな、なんて開くと、いつもの見慣れた、ハートマークを持った猫さんのイラストが画面に踊る。
【また観に来てね♡】って、そう、一言だけ綴られたメッセージを愛おしげに指でなぞる。
なんて返事をしようかな、と、考えるその時間が、今の俺にはとても大切だった。

54.boy(インモラル/なんてこった/好青年)

俺の彼氏は、世界一格好良い……、と思っている。
いや、恋人の贔屓目なんかじゃ無くても、優馬くんは世界一格好良い王子様だ。

今日は久しぶりにお外でデート。ショッピングの合間に、昼下がりのカフェに寄り道をしていた。パンケーキが有名なカフェらしく、ふかふかのパンケーキと、山盛りに盛られた生クリームがインスタ映えしそうで、たった今、パンケーキの写真と二人のツーショットを撮ったところ。写真に撮っても美しい優馬くんと、目の前にいる本物の優馬くんを見比べて、ホゥっとため息を吐きそうになっているところだった。あぁ、なんて格好良いのだろう。
「なんですか?ジッと見つめて」
「……かっこいい」
「え⁈」
「はっ、今俺、心の声が漏れ出してた!」
なんてこった!と、パンケーキに刺し掛けていたナイフの手を止めると、目の前の優馬くんの顔色がみるみるうちに真っ赤に染まって行く。ゆでだこみたいになったところで、優馬くんも手にしていたフォークを口に運ぶ手を止めてしまった。
「あ、……ありがとう、ございます?」
「わー!ごめんごめん、そんなつもりじゃなくて‼︎あっでも、優馬くんは格好良いけど‼︎」
「る、ルカさんは、可愛いです」
「わー!なにそれ!そういうの、今言うの⁈」
「あわわわ……、すみません……」
何をやっているのだ、俺たちは。そんな、側から見たらバの付くカップルが惚気合ってる光景なのであるが、カフェの店内は満員の女性客で賑わっていて、誰も俺たちに気付く事は無い。変装用にと被ってきたキャップと、優馬くんの伊達眼鏡が、良い仕事をしているのかもしれなかったけれども。とにかく誰にも騒がれる事もなく、俺たちは久しぶりのデートを満喫していた。
「変なこと言い出してごめんね!食べよう!」
「そうですね、俺も、すみません……」
中断されていたパンケーキを口に運ぶと、想像通りのふかふかで美味しくて、思わず「美味しい〜!」と、声を上げてしまう。優馬くんも、そんな俺を見つめてニコニコと微笑んでいた。
優馬くんと付き合い始めてもうすぐ三ヶ月。俺たちは順調に、交際を続けていた。

俺は元々、恋人が出来ても長続きするタイプでは無い。決して飽きっぽい気性では無いと思うんだけど、この仕事をしているとどうしても忙しくて恋人に構っていられなくて、向こうから愛想を尽かされることが多いのだ。だからこの三ヶ月、というラインは、俺の中では長続きしている方なんだけれど……。優馬くんを見ていると、別れるって想像が出来ないくらいに、大事にしてもらってるなぁって思うのだ。だって、優馬くんは、こんなに格好良いのに、顔だけじゃ無くて性格だってめちゃくちゃ優しい。すごい好青年だし、若いのに落ち着いているし、こんな、どこに出しても恥ずかしくない息子さんが、俺なんかと付き合ってていいの⁈なんて、思っちゃうんだけど。この子は俺の恋人なのだ、紛れもなく。そんな事を考えるくらいには、俺はこの子にベタ惚れであった。
頭のてっぺんから、指先の一本一本まで、優馬くんを構成するその全てのパーツが美しい。
「ルカさん?どうしました?」
ぱくぱくと、綺麗なお口に食べられて行ってしまう、パンケーキをジッと見つめてしまっていた。
ベタ惚れなのだ、俺は、優馬くんに。だからそんな風に綺麗に咀嚼されて行ってしまうスイーツを眺めては、この後は、夜まで暇なのだろうかなんて、不埒な妄想をしてしまって。昼間から繰り広げるにはあまりにもインモラルな妄想をパタパタと仰いで追い払って、俺はニコニコと、なんでもない風を装う。
「ううん!なんでもない!パンケーキ美味しいね‼︎」
「ルカさんの苺のも美味しそうですね」
「食べてみる?」
はい、アーン?だなんて、ついいつもの癖でしちゃったけど。
優馬くんはもう一度顔を真っ赤にして、フォークに刺さった苺を見つめていた。

あぁもう、可愛いのは君の方。
パクッと食べちゃいたいくらいに。

70.attitude(リップノイズ/無知/おしおき)

ルカさんの、寝顔を見るのが最近の俺の楽しみだったりする。
いつも、笑ったり怒ったり悲しんだり。プライベートでも役の世界でも表情豊かなこの人だけれど、寝顔を見られるのは実は希少である。だって、お酒に強いから酔い潰れる事はまず無いし、居眠りをしているところも見た事は無い。いつだって元気いっぱいで、そういう事をした後も、決まって、俺が疲れてしまって先に寝てしまっていたから、初めてこの人よりも早起きをしてその寝顔を見つけた時には、ちょっと……、いやかなり、感動したのだ。ルカさんは寝顔まで可愛いのだな、と。
もう充分に日差しが差し込む時間だったけれど、カーテンは、まだ開けない。俺も、布団から出ない。ルカさんが目を覚ましてしまうから。敏感なこの人は俺が立てる物音一つ、リップノイズ一つで目を覚ましかねない。だからもうしばらくは、目覚ましのアラームが鳴るまでは、俺も一緒にお布団の住人になって、その寝顔を堪能するのだった。

俺の大好きな大きな瞳は、今は長い睫毛に縁取られた薄い瞼で閉ざされている。
鼻筋も、唇も、ちょこんとしていて愛らしい。
ルカさんは可愛い、小動物みたいな可愛らしさがある。
ルカさんは俺のこと、「格好良い!」っていっぱい褒めてくれるんだけど、もちろん、それも嬉しいんだけど、俺からしたらルカさんだってずっと格好良い。どんな役でも違和感なく役に入り込めるのはきっと、この悪いパーツがひとつもない、万民受けするスッキリとした顔立ちが強みなのでは無いかと俺は思うのだ。もちろん、二.五次元界隈については俺は無知も良いところで、余計な事は言わないけれど。どんなメイクも映えてしまうルカさんの顔は、素直に羨ましいと思っていた。
まぁ、どんな役にもなれるルカさんだけど、俺の前では可愛いルカさんでいてほしい。
一つ一つのパーツを指で辿りたいんだけれど、それもこの人を起こしてしまいそうだ、とグッと堪える。俺の指先は空を舞って、それから、お布団の中へと舞い戻って行った、ところで、
「……ふふっ……」
「えっ⁈」
「ふふふ、優馬くん、見すぎ」
眠っていたはずのルカさんの唇からは笑みがこぼれ落ちて、それが、笑い声になって溶ける。
なんだか前にもこんな事があったんじゃないか。俺がルカさんの顔に見惚れてしまっていて、ルカさんに「見過ぎ」って笑われてしまう。そんな事を思い出しながら、俺は赤くなっているのであろう、顔を扇いで、腕の中でなおも笑い続けているこの人を見下ろす。
「……いつから起きてたんですか?」
「えぇ〜?さっき?優馬くんが俺のこと見てるくらいからは起きてた」
「あぁ……、あー、恥ずかしい」
「俺もちょっと恥ずかしかった、から」
抱きしめていたはずのルカさんがするりと腕の中から抜け出して、今度は俺の方が、ぎゅうっと抱きしめられてしまう。布団の中の攻防、でもこれで、ルカさんからは逃げ出せない体勢になった。
「ふふ、おしおきだ」
「えぇ?なんでです」
頭をくしゃくしゃにされて、ちゅっちゅってキスされて、あまりにも可愛らしい「おしおき」に、俺もクスクスと笑いをこぼす。
「おはよう、優馬くん」
ひとしきりキスの雨を降らせると、ルカさんは満足したらしくて俺の顔を覗き込んで笑う。
きっと俺だけが知っている、それはとても綺麗で可愛らしい、ルカさんの表情の一つなのである。

92.amour(どこが好き?/タバコ/浮気相手)

夜明け前の、空は美しい。特にこの、十一階から見える都会の空の夜明けは、どこまでも深い青がオレンジ色に染まっていく、俺が一番好きな時間帯だった。今日は天気も良いのだろう、朝焼けが特に綺麗だった。早起きをして、タバコの煙を燻らすこの時間が好きで、オレンジ色の空に立ち上っていく、細い煙をぼんやりと眺めていた。ハタチになってから興味本位で吸い始めた女物のアクセサリーみたいな華奢なタバコは、それ以上強くなる事も無かったけれど、やめるきっかけを見つけられないまま、今の今まで続けてしまっている。
ハァ、と白い煙を吐き出していると、ふと、人の気配を感じてバッとタバコを隠した。
「……歩くん?」
「ルカ」
隣は、岳の部屋である。その更に一つ向こう側の部屋のベランダから、ひょっこりと顔を出す赤毛を見つけた。ルカ、と空気に乗せた音が震えて、向こう側まで届くと、ルカが目を輝かせている。
「俺にも一本ちょーだい」
「一本……って言ったって、この距離じゃ……」
「待って、今そっち行くから」
「は?」
言うなり、ルカはベランダとベランダの目隠しになっている衝立をひょいと乗り越えて、岳の部屋のベランダに侵入していた。もう一度言うがここは十一階である、しかも、いくらそこが岳の部屋とは言え、不法侵入になりかねない。猫のような鮮やかな仕草で人の部屋のベランダに降り立って、ルカはにこりと笑って見せた。
「……すごいな」
「えっへへ〜。おはよー?歩くん」
俺も「おはよう」と返して、衝立を挟んで隣のベランダにいる、ルカへとタバコの箱を差し出した。
「軽いのだけど」
「ううん、俺も、今はこれくらいが丁度良い」
半分くらい中身の減った箱の中からルカが一本取るのを確認して、ライターの火をかざす。ルカは慣れた様子で細いタバコを咥えて火をつけると、ハァーと、紫煙と一緒に大きなため息が吐き出された。
「珍しいな」
本当に、珍しい。酒の席では付き合いで吸うこともあるのだと言っていたけれど、基本的にはルカはタバコを吸わないし、吸っているところを見かけたことが無かったから。だから今日はどうしたんだろう、なんて、思っていたら、ルカの方からぽつり、と口を開いた。
「……彼氏と喧嘩した……」
「……彼氏」
ルカの彼氏の話題は、ROCK DOWNの中では暗黙の了解の話になっている。ルカ本人が打ち明けてくれるまで、僕たちは温かく見守ってあげようねと、リーダーから内々に通達があったのだ。その、ルカの彼氏。隣のユニット、VAZZYの王子様で、五個も年下の大学生。ルカの、彼氏。
「……なんでまた」
その、彼氏と喧嘩したのだと。
しかも自分から言い出すルカの様子を見るに、話を聞いてもらいたいのは見え見えなのであった。
ルカは可愛い。もちろん、俺の方だってこの男には世話になっている部分も多々あるのだけれど、ルカは小柄で、溌剌としていて、小動物みたいで。男の庇護欲をそそられる……というか、なんだか、放って置けないタイプなのである。だからこんな風に困った顔見ているのもしのびなくて、なんとか力になってやりたいと思ってしまう。そんな魅力があった。
「おれがね、取って置いたプリンを間違えて食べられちゃったの」
「……プリン⁈」
そんな事で喧嘩になるのか?と、俺はあの気性の穏やかそうな王子様を思い出してそんな間の抜けた声を上げてしまった。いやでも、この場合怒ったのはルカの方みたいだし、一方的にルカが怒って、あっちは怒らせてしまって困っているだけなのかもしれない……と心の中で結論付ける。
「まー、でも、俺も悪かったんだよね……」
やっぱり、と、言いかけた言葉は飲み込んで、代わりに、ずっと抱いていた疑問を投げかけてみる。
「ルカは、その……、彼氏?のどこが好きなんだ?」
「……どこが好き?……って、」
金色のまぁるい猫みたいな瞳が見開く。考えたこともありませんでした、と言わんばかりに驚いた様子のその瞳を、ふーっと紫煙をひとすじ吐き出して覗き込んだ。ルカはしばし考え込んだのち、まるで恋する少女のような顔をして、一つ一つ、大切な物を紡ぐように言葉を繋いでいく。
「優しいところでしょー?仕草の一つ一つが上品で丁寧なところ、あと大事にしてくれるところが好き。ご飯を綺麗に食べるところが好き。……素直そうに見えて頑固なところも、実は好きで……」
真っ直ぐな瞳が遠くの空のオレンジ色を映していた。それは俺の一番好きな色で、綺麗だなって思いながらルカの横顔を眺めている。
「だめだなぁ……、好きなところ並べたら急に会いたくなるんだもん」
「……それは惚気だろうか?」
「あはは」
ルカが小さく笑うと、低く結われたポニーテールが風に揺れていた。
「まぁ……、俺で良かったら浮気相手にならいつでもなってやる」
「えぇ⁈……歩くんが?」
綺麗にピンク色のネイルが塗られた指先が、すっかり短くなってしまったタバコの火を、ベランダの手摺りに擦り付けて消した。ん、と無言で携帯灰皿を差し出してやると、「ありがとう」なんて言って、吸い終わったタバコを捨てて、ルカは満足そうに一つ、背伸びをする。
その姿も猫みたいで可愛い、と思いながら俺は、朝早くから散歩に出掛けていった愛猫とうちの子犬の姿を思い出していた。ルカが本気で浮気なんてするつもりは無いのだと分かって言った言葉だ。本気になんてしないだろうと思っている。俺とルカは、そういう間柄だったから。
けれどもルカはふふ、と笑みをこぼして、衝立越し、手摺りに掛けている俺の腕を引く。え?と声を漏らす合間も無く捕まった俺は、唇に軽いキスを落とされた。タバコの匂いの残る、冷たいキス。
「ありがとー、なんか、元気出た」
「……ルカ」
「ごめんなさいしてこようかな〜」
またね、と言い残して、部屋に戻るのだろう、ルカは俺に背を向けてまた手摺りをよじ登っていたけれど、俺がそれを止める事は無い。ただその、唇に残った冷たい感触はなんなのか、と、疑問だけを残していった、あまりに鮮やかな出来事に呆気に取られていたのだが、手持ち無沙汰になってももう一本は吸う気にはならず、ただ、自室の玄関が開く音がしたので俺も部屋へと戻る事にした。
上着を着ていたのだけれど、だいぶ、身体が冷えてしまっていた。

116.easy(口説く/弱いところ/ファミレス)

深夜〇時過ぎのファミレスは、なんというか。罪深い。
俺は、悩んだ末にパスタとピザを頼んでいた。どうしてもこういった時にスパッと決められないのが俺の弱いところで、今回もどちらにしようか全力で迷っていたんだけれど、二人でシェアしようってルカさんが言ってくれたから、迷っていた二品を思いきって注文したのである。シェア、のお言葉通りに、ルカさんの前にも半分くらいのパスタとピザが並んでいて、さっき特大のチョコレートパフェも届けられたところだ。こんな時間にすごい、と、思うんだけど、ルカさんはこれらを平気でペロリと食べてしまう。牛丼屋だったら特盛り、ラーメン屋だったら替え玉。それで全く太らないのだから、この人の普段の運動量には驚かされるばかりだ。ルカさんはすごい人なのだ。この時間にこの量を食べたらきっと、明日は朝から走りに行くのだろう、その、努力も凄い。
何故俺たちがこんな時間にファミレスにいるのかというと、その、さっきまで部屋で、……その、……そういう事をしていて、俺は、行為が終わって恥ずかしい事に「ぐぅ」っとお腹を鳴らしたのだけれど、あいにく自室には食料の類いは無くて、それに気付いたルカさんが、「なんか食べに行こうか?」と誘ってくれたのだ。コンビニで何かを買って帰ろうかとも思ったんだけど、駅の近くに二十四時間営業のファミレスがある事を思い出して、少し遠かったけれど行ってみる事にした。
「いただきまーす」と、声は小さかったけれど深夜のファミレスには人気も少なくて、ルカさんの声は俺の耳に良く届いた。本当に、相変わらずの良い食べっぷりには感心してしまうし、こんなに豪快に食べるのに食べ方が綺麗な所も大好きだった。
食欲と性欲は直結しているなんて話を、孝明さんと一紗さんがしていたのを小耳に挟んだのはつい先日の事だ。VAZZYでお酒を飲んでいる時に、ふとそんな話をしていた。俺は、会話には入れなかったけれど……。そんな、話を思い出しながら、チョコレートパフェを頬張るルカさんを見守る。さっきまで腕に抱いていた存在である、さっきまでの、ルカさんも可愛かったなぁ、などと、俺の不埒な脳内で、ルカさんはあられもない姿にされている。
「どうしたの?優馬くんも食べる?」
「あっ……、い、いえ!」
うっかりそんな妄想を繰り広げていた俺は、慌ててドリンクバーから持ってきたアイスコーヒーを飲んで頭を振った。いけない……、こんな事を考えてしまうなんて。パタパタと、暑くなってしまった頬を仰いで、不思議そうな顔をしてご飯を食べているルカさんを見やった。
「ルカさんは、気持ちよくご飯食べますよね」
「え?え?何?突然……」
「そういうところも、好きだなぁって……」
もう一回、「えぇっ!」と声を上げて、ルカさんの顔がボンっと真っ赤に染まった。手にしていたパフェスプーンからとろりとチョコレートが垂れて、アイスが、慌ててぱくりと口に運ばれていく。
アイスクリームがもぐもぐと咀嚼される。そんな様子だけで、俺もドキドキしてしまう。
「……もー、その顔でいきなり口説かないで……」
「口説くだなんて……」
そんな事、とんでもない。俺も手元のピザを食べながら、チラリとルカさんの赤い顔を伺った。

──いっぱい食べる君が好き、だなんて。
深夜〇時、俺の心はまだ、この人には内緒であった。

134.lust(ご褒美/そんなバカな/脱ぎかけ)

優馬くんとすれ違いの日々が続いていた。カレンダーの日付を数えてみたら、もう二週間は顔を合わせていない事になる。付き合って半年が経とうとしていたけれどこんな事は初めてで、優馬くんがドラマの出演が決まったのと、俺の舞台の期間が重なってしまったせいなのだけれど、そういえば全然顔を合わせてないじゃん!と、俺はカレンダーを眺めて我に返っていた。と、言うのも、俺は舞台の稽古期間に入ってしまうと演じる役柄に気持ちが入ってしまって、周りが見えなくなってしまう事が多い。大体はがっくんや、他のロクダンメンバーに助けられて日常生活を送っているみたいなんだけど、今回は一週間の公演が終わって、すっかり役も抜けきった状態で過ごしていて、そこでふと、もう半月ほど優馬くんの顔を見ていないんじゃないかと気付いたのだ。今更。そんなバカな話があるのか、とも思うけれども。……ひどい話である。
孝明くんの情報によれば、優馬くんは今地方ロケの最中で、それも一区切りついてそろそろ帰って来れるとの事。ニヤニヤした顔で「寂しい?」なんて聞かれたけれど、ここで素直に「寂しー!」と言えてしまうのが俺である。だって寂しいもんは寂しい。二週間すっかり忘れてた事を棚に上げて、俺は、優馬くんが帰ってきたら思いっきり甘えてやろうと思っていた。

二週間……どころか、まるっと三週間近く離れ離れの日々が続いて、優馬くんが帰って来た。
ピンポンと部屋に鳴り響いたインターフォンの音にバッと反応して、駆け足で玄関へと向かう。
「ルカさん‼︎」
ガチャリと開いたドアの向こう側、三週間ぶりに聞いた優馬くんの声は温かくて、俺はそれだけで泣きそうになっていた。ぎゅっと抱きついた身体は……と言うか、顔つきも、体つきも、心無しかしっかりしたように思えてしまうのは俺の気のせいだろうか?もしかしたら、ドラマの撮影の現場で相当揉まれてきたのかもしれない。大変だったのだろうなって、その胸元にぎゅっと額を寄せた。
「よく頑張ったね〜‼︎寂しかったよ〜‼︎」
「すみません、忙しそうだったので連絡も控えていて……」
「ううん、俺の方も連絡出来なくてごめんね……」
「お仕事だったので仕方ないですよ……でも、俺も寂しかったです」
そう、言う、優馬くんの顔は、やっぱりどこか大人びていて、顔を合わせなかったこの三週間の間に、俺が知らないうちに大人になってしまったのだ……と、ちょっと寂しくなる。
けれども、そんな優馬くんも逞しく見えて、僅かに疲れも覗かせる両方の頬を手のひらでぎゅう〜っと包み込んで、唇にチュッと軽いキスを送る。と、優馬くんは脱ぎかけの靴を放り出して、そのまま俺にぎゅうっとしがみつくように抱きついた。靴を揃えないのは珍しいなって、思いながらも、俺は疲れきった様子の恋人の頭を、ヨシヨシと撫でてあげる。
「……寂しかったです」
「頑張ったね。……よーし、ご褒美は何が良い?」
パッと顔を上げる。「ご褒美」の言葉に反応したこの子どもは、俺の顔を見るなり、極上のスマイルを浮かべてこんな事を言うのだ。
「ルカさん、明日はお仕事は?」
「明日はね〜、お休み取っちゃいました!」
「奇遇ですね、俺もです。……じゃあ」
チュ……、っと重なった唇、今度は、もっと深いキスを受け止める。
はじめての頃よりもずっと上手くなった大人のキスは、俺を解放してくれそうにない。
「じゃあ、いっぱい俺のこと甘やかしてくれませんか?」
「もちろん!」
王子様がニッコリと微笑む。
それはそれは、俺の一番大好きな笑顔で。

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