デート

【今回は、二人だけで会いたい】

そんな、千切からのお誘いは、なんて事の無い金曜の夜に突然、俺の元に届いた。鹿児島に住んでいる千切が東京に住むお姉さんのところに遊びに来るって言うから、「じゃあみんなでまた遊ぼっか?」って問いかけた俺に、前述のような千切からのメッセージが届いたのだった。
俺なんかと二人っきりで遊んで楽しいのだろうか……と言う疑問は尤もなのであるが、千切が望んでいる事なのだからここはおとなしく従うしかない。そう言えば男二人で遊ぶ事なんてあんまり無いな〜(悲しい事に相手が女子ならそれも経験ゼロなんんだけど……)と思いつつ、俺は明日着て行く服を見繕うため、クローゼットの中を漁った。
千切はおしゃれさんだ。だから一緒に歩いていて恥ずかしくない格好をしようと思って。

そんな風に服装を決めていたら、結構遅い時間まで掛かってしまって寝坊した。
とは言え普段から俺は早起きな方で、全然遅刻するような時間では無いのだけれど。筋トレとかジョギングするような余裕は無い、そんな朝の時間の中で、俺はいつも通りに朝食を取って、いつも通りに母親に見送られてスニーカーを履いて家を出た。

渋谷までは電車で一時間弱、埼京線に揺られて車窓の景色が郊外の風景からビル群に変わる頃に到着する。千切はどうやらもう到着していて待ってくれているらしい。ハチ公前は流石に土曜日ということもあって人で溢れ返っていたから千切を見つけるのは大変だと思いながらキョロキョロと周囲を探ったけれど、パッと一目で見つけてしまう。
それくらい、華やかな男だった。
「潔!!」
向こうも俺に気付いたらしい、それまで仏頂面でスマホに視線を落としていたのに、俺に気付くとパッと顔を上げて、高く結われたポニーテールがひらりと揺れた。その顔が満面の笑みを浮かべていた。思わずどきりと胸が高鳴ってしまうのは仕方の無い事だと思う。
だって千切は可愛い。俺に向ける笑顔も、揺れるポニーテールも。
千切はユニセックスな、真っ白のマシュマロみたいなニットを着ていた。それが可愛くて手を伸ばしそうになって寸前で止めた、いくらなんでも怪しすぎるだろうと思って。だから俺はにっこり笑って、なんでもない風を取り繕う。「今日の服かわいいな」って。
そしたら千切のほっぺたが真っ赤になって、バッと顔を逸らされてしまった。
「もーー、潔のそういうとこ!!」
「えっ」
「……ずりぃよ」
真っ赤なほっぺを指先でかいて、千切はそう呟くと、不思議そうな首を傾げた俺の腕を引いて、今度はにししと笑って駆け足気味に足を踏み出す。
「今日は俺に付き合ってもらーう!まずはゲーセンな!!」
「あはは、はいはい、千切さま!」

千切が選んだコースは、まずゲームセンターがスタートだった。男子高校生お決まりのコースだなって思いつつ、土曜のゲームセンターはカップルが多く感じる。羨ましいなくそーっと思いながらも、俺の目は店内に入ってすぐのクレーンゲームに行った。
「千切、欲しいのある?」
「えぇ?潔、取れんの?」
昔は苦手だったんだけど、サッカーで空間認識能力を意識するようになってから異様にクレーンゲームが上達した俺は、なんだか今ならどれでも取れちゃいそうな気分。こういう大きなゲーセンでは、店員さんが取りやすい場所に設置してくれてるってのもあるしね。
「じゃあこの猫!黒猫!」
千切が指差していたのはそれこそ取りやすい場所に移動されていた猫ちゃんで、これなら、と思った俺は、アームを動かして行く。
猫ちゃんは、一発で引っかかって出口に吸い込まれて行った。
「よっしゃ」
「ええーー!?おまえすごいな!」
千切の羨望の眼差しを浴びて、得意気になった俺のサービスタイムは、猫ちゃんを手にニコニコご機嫌そうな千切の笑顔だった。
「かわいいな〜この猫。潔に似てる。うりうり」
「へっ?」
えっと、千切さん、それはどういう意味に取れば良いのかな?
猫を抱きしめてご満悦そうな千切に誘われて、今度は店内奥のプリクラコーナーへ。
ここは主に女性限定のエリアだから、俺たちは出口付近の男性も入れる空いている機械の中に入って撮影を始める。母さんがびっくりしてたけど最近のプリクラは写りが良い機種が多いらしくて、これも、肌はツヤツヤ、目も大きく写っていて笑ってしまった。
「落書きどうするー?」
「やっぱ名前だろ?それから日付とか」
「え、今日何日だっけ?」
「…………12月23日」
「よし、12/23……と、」
機械から出てきたプリクラを見て、千切がなんとも言えなさそうな笑みを浮かべていたのを俺は見逃さなかった。なんでこんな柔らかな表情を浮かべてるんだろうなって。
「ありがとう潔、宝物にする」
「大袈裟だなー、プリクラなんていつでも撮れるって」
「そうなんだけどさ……ま、いいや」

次は〜、と千切が向かったのはアクセサリーショップ。ここは結構男性向けなデザインが多くて、値段も高校生でも手が出せそうなくらいの手頃な店だった。
「千切、ほんとおしゃれだよなぁ」
「んなことねーけど。潔はアクセとか付けないの?」
「サッカーしてたら外さなきゃなんねーじゃん」
「そっかぁ。こーゆうの似合いそうだけどな」
「俺は良いから、自分が欲しいの選びな?」
俺の言葉には不服そうに、それでもううんと唸りながら山積みの商品に向かう千切の整った横顔を見つめる。確かにアクセサリーなんて付けたこと無いよなって思いつつ、真剣に商品を見つめる千切の横顔が綺麗だな〜〜ってぽやーっと見惚れてしまっていた。
いやいやいや、待って、待って、千切は男で、友達!男友達に見惚れるなんて可笑しいだろ!と自分の内心で自分を律しているところだった。いや、でもさぁ、やっぱり綺麗じゃん、こいつ。なんかやっぱり、周りの男友達とは雰囲気違うんだよなぁと思いながら、千切の事をジロジロ見ていると、千切はこちらの視線に気付いて俺の方を向く。
「これカッコイイけど、やっぱりいいや!!」
千切が手にしているのは男性向けにしては繊細なデザインのネックレスで。普通に千切に似合いそうって思ったのに、良いや、って棚に戻す真意が分からなくて首を傾げる俺。
「えっ!いいの?!」
「ウン、付き合わせちゃって悪かったな」
「俺は良いんだけど、いや、えっ、いいの?!」
「いや〜今月小遣い使いすぎててさ〜。またの機会で良いかなって」
「ふーん。お前がいいならいいけど」
そう言って、俺はぼんやり、なんとなく、千切が棚に戻したそのネックレスを覚えてしまっていた。俺もアクセサリー詳しく無いけど、これ千切に似合いそうなのになって。

それから、千切がお姉さんから聞いて行きたいって言っていたおしゃれなカフェに入って遅めのランチを取った。休日だから混んでるかなって思ったけれど、昼食の時間からずれた店内は客は居るものの座席もまばらに空いていて、俺たちは窓際の席に座った。
「そっか、明日クリスマスイブなんだなぁ」
店内の装飾を見て、そんな事を思い出す俺。店員さんに注文を通して、水を一口飲む千切へと向かい直った。
「明日の飛行機で帰っちゃうんだよな、俺羽田まで見送りに行こっかな〜」
明日は日曜日で、学校も冬休みだから半分くらい本気でそんな事を言った俺に、千切は目をまんまるにして顔を上げて俺を凝視していた。
「……マジで?クリスマスイブだぞ?」
「俺が予定無いの知ってるくせに……」
「いや、だって、ご家族とか……なんかあるだろ?」
「家族だって、夜のパーティーくらいだよ」
ケラケラ笑っていたけれど同時に虚しくなったのはナイショである。
予定はないからせめて、帰郷してしまう友人の見送りに行くのも悪くはないと思ったのだ。だから、出されたホットの紅茶に砂糖を入れてくるくるかき混ぜながら笑った俺に、千切は胸にトントンと手を当てて、はーーっと大きな息を吐き出した。
えっ、逆になんだよ、その反応は。
「いや、迷惑だったら空港までは流石に行かないけどさ」
「いやいや!迷惑じゃない!むしろ嬉しい!!」
「だったら、見送りに行くよ」
「うぅ……」
千切は、ほんのりと頬を染めた顔を手のひらで覆って、宙を仰いでいた。
「……めちゃめちゃ、嬉しい」
「大袈裟だなぁ」
俺が笑ってそう言うと、今度は料理が運ばれて来た。千切はおしゃれなクラブハウスサンド、俺は迷って、パスタにしてしまった。テーブルの上に並べられた皿に向かって、手を合わせて「いただきます」と、声を揃える俺たち。
「うーー、美味しい!」
「うん、美味い!!」
雑誌にも掲載されるだけあって、その店のメニューはどれもこれも美味しかった。メインディッシュをペロリと平らげてしまい、ケーキまで注文する俺たち。
煌びやかなケーキをフォークで突きながら、千切は美味しさに悶絶している。これも可愛い。俺は残った紅茶を飲んで、「この後どうしよっか」という話題になる。

そのあとは、PARCOやマルイで服を見たりしていたらあっという間に楽しい時間は過ぎてしまう。夕方十八時、流石に、この歳になってまで門限なんて無かったけれど、家までここから一時間掛かるし、真冬ももうすぐそこな季節だ、もう既に辺りは真っ暗だった。
俺は千切を見送る為に井の頭線の改札口まで来ていた。
今日は終始ご機嫌だった千切だが、流石に、別れ際は少しだけ寂しそうにしていた。
「じゃあ明日、羽田まで見送りに行くから」
「あぁ、十六時の飛行機だから……」
千切は、そこまで言うと今日一日元気そうに揺れていたポニーテールをシュンとさせて俯いてしまった。
「千切ぃ?」
「あーー、うん。楽しかったんだ……、それで、うん」
千切は俺のコートの袖口を掴んで、意を決したようにバッとこちらを向く。
「………今日、誕生日だったんだ。誕生日にこうして、潔と過ごせて、楽しかった」
これには、えぇ?!と俺が驚きで目を丸くする番だった。
えっ、だってお前、そんな事一言も言わなかったじゃん。だから全然、そんな素ぶりなんて無くて。いやでも、だって最初からおかしかっただろう、賑やかな事が好きな千切が俺一人を指名して来て、今日は来てからずっとニコニコで終始ご機嫌だった。
ゲーセンの景品やプリクラ一枚をあんなに大切そうにしていて……
そこまで考えて、胸が苦しくなって、俺は俺の袖口を掴む、千切の手をギュッと掴んだ。
「……遅くなったけど、お誕生日おめでとう、千切」
「あーー、うん……うん……、」
「早く言えよな、プレゼントとか、なんも用意してねぇし……」
「もう、この時間が最高のプレゼントなんだよ」
千切は俺の手を握り返して、泣き出しそうな顔で笑っていた。
鹿児島からわざわざこっちに出て来て、俺が捕まらなかったらどうするつもりだったんだよ。泣き出しそうな千切の顔をジッと見つめて、きゅうっと心臓の奥が痛い、なんだかもう、そんな千切の仕草一つ一つが可愛くて、愛しさが込み上げてくる。
「明日見送りに来てくれるのもほんと嬉しい」
「あぁ、うん、必ず行くから。待ってろよ?」
「あぁ」
千切は、ひらりと手を離して、交通系ICカードをピッと鳴らして改札を潜る。
改札の脇の柵を隔ててこちら側と向こう側に立って、俺は千切にぐいと腕を引かれた。
「言い逃げみたいでごめん。俺は潔が好きだ」
「…………は、……え?」
「じゃあ」、と手を離して、千切は人混みに飲み込まれて行く。
後に残された俺は、この上なく顔を真っ赤にさせて、その場にしゃがみ込んだ。
は?え?好きって、言ったのか、アイツは。
だって千切は、大事なチームメイトで、男友達で……、ただ、もう、俺の中のあいつは、男友達以上の感情を抱いてしまっている自覚はあったのだ。

だって今こんなにも、千切の事が愛しい。

俺はふらふらと立ち上がると、改札に背を向けて歩き出す。
足は、駅とは反対方向に向かっていた。

***

十六時半の飛行機を取った。家族へのお土産を持って、姉ちゃんちで貰った大きな紙袋には昨日潔がゲーセンで取ってくれた大きな黒猫のぬいぐるみが入っていた。それと二泊分の着替えの詰まった小さなキャリーを引いて、俺は待合の椅子に座った。
(好きだって、言ってしまった……)
言うつもりは無かった、この胸にしまい込んで、俺だけの想いに留めておくつもりだったのに。それなのに口に出してしまったのは、もう衝動みたいなものだった。
黒猫を袋から引っ張り出して、むぎゅっと顔を埋める。
新しいぬいぐるみらしい独特の匂いがするそいつが、今は手触りも良くて心地良い。
ふわふわで、ぽやんとした表情で、(潔みたいだ)って一目惚れだったのだ。
だから一発で取ってくれるとは思わなくて、持って帰って宝物にしようと思った。
(俺なんかに、好きだって言われても困ってるだろうな、アイツ)
そんな事を考えながら手元のぬいぐるみを弄っていると、トントンと肩を叩かれて、思わずビクンと肩が跳ねる。
「千切!」
「……潔かぁ、びっくりした」
「猫持ってたからすぐ分かった」
潔は、昨日の別れ際のことなんて忘れてしまっているのではないかと言うほどに、あっさりとした応対だった。それならそれで良いとすら思っていたのだ、この想いは、俺の中で飼い殺して仕舞えば良いと。それなのに。
俺の隣に座った潔は、被っていたキャップを少しだけ下げて、肩から下げていたボディバッグの中から、何やらリボンのついた小さな箱を取り出して俺に差し出した。
「はい、お誕生日おめでとう、千切」
「………えぇ?!プレゼント、昨日あんなに貰ったのに」
「あはは、その猫?」
「じゃなくて!お前の時間とか……」
「そんな、」って、潔は頬をかいて笑っていた。
「俺はお前に好きだって言われて嬉しかったんだ、だから」
開けてみて、と、促されて、小箱を開けたら昨日は買うのを躊躇っていたネックレスが入っていた。シルバーのチェーンで小さなリングが付いているその繊細なネックレスは、欲しかったけど予算オーバーだなって、買うのをやめたもので、一瞬で元の棚に戻したから、だからまさか、潔が覚えているとは思わなかったのだ。
「なぁ、悪いよ、こんな立派なの貰えない」
「俺は、これを千切に付けてて欲しいの。貰ってくれるよな?」
潔はそっとそのネックレスを手に取って、そうして俺の首に手を回して金具を止めてくれる。器用なやつだと思いながら、俺の首元にしっくりおさまったその小さなリングのついたネックレスを手のひらで包み込んで、それで俺は泣き出しそうになっていた。
潔はネックレスをつけてくれたその流れで、俺の超至近距離で、そっと囁く。
「千切おれも、」
耳元でじんわりと響くその声に、俺は堪えていた涙腺が緩んで一気に涙が溢れ出す。
「俺もお前が好きだよ」
そうしてギュッと抱きしめられて、嬉しくて涙を流していると、潔の黒いコートの肩口を、俺の涙で湿らせてしまった。ごめんって言う俺に、潔は何も言わずに頭を撫でてくれる。

刻々と近づくフライトの時間に、俺は、まだ地元に帰りたく無いと思っていた。

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