特別な人の特別な日に、俺は、何が出来るのだろうかと、それこそ二、三ヶ月は前からずっと、頭を悩ませて来た。「プレゼント」だなんて言ったらそれこそ、「お前がくれるものだったらなんでも良い」と言ってのけるのが俺の自慢の王子様である。そのキラキラの顔面に親しみやすい、自惚れなんかじゃなくて、俺にだけ向けてくれる笑みを浮かべて、千切は歯を見せて笑う。だから俺も、困ったような笑顔で返すことしか出来なかった。
千切と付き合って、千切に好きだと打ち明けて、もうすぐ初めての千切の誕生日がやってくる。
それが終わればクリスマスだった。今年のクリスマスは平日で、学校なんかは冬休みなんだろうけど、ヨーロッパでプロのサッカー選手として活動する俺たちは、この時期ならではのクリスマス休暇を利用して、日本で会う約束をしていた。
「数年前までは祝日だったからな」
そう言う、家族にしか祝われた事が無いらしい千切の誕生日だったが、一応、千切家はきちんとしているみたいで、小さい頃は誕生日とクリスマスは、プレゼントが別々に用意されていたらしい。それが小学生の頃まで続いて、それからは現金を貰っていたと。
まぁうちも似たようなもので、母さんの手作りケーキは高校生くらいまで続いたけど。
誕生日プレゼントと同じくらい、クリスマスプレゼントにも頭を悩ませていた。
「……って言うてもなぁ。物欲なんてなさそうやし」
「いっそストーリー性をもたせるとかどう?誕生日とクリスマスに」
おそらくこの場で一番のモテ男である雪宮は、そんな難しい事を平然と言う。
「アホやな、潔くんに出来ると思う?」
千切の誕生日一ヶ月ほど前に開催されたバスミュン飲みの席で、世間話の一つみたいにそんな事を切り出した俺に、氷織も、雪宮も真剣になって聞いてくれた。早々にビールで酔い潰れた黒名は俺の膝でむにゃむにゃと気持ち良さそうに寝ていたからそのままにしておいて、ジョッキのビールを空けた俺に、気の利く二人はおかわりは?ってドリンクメニューを差し出す。
「……氷織さん、辛辣すぎない?」
「女の子だったら指輪とかが喜びそうだけど。そういうタイプでもないしね」
「アクセサリーは、試合中に付けられないしなー」
氷織のジョッキも空いたから、揃って何杯目かもわからないビールを頼んで、それに口を付けていた。ごくごくと勢いよく飲み干して行く氷織を横目で伺うと、氷織は「そやねぇ」って、何かいい事思いついたかのように、ニンマリと微笑んでいた。
「あ、なんか企んでそうな顔してる」
「千切くん、絶対喜ぶと思うで」
「えぇ?」
「ふふふ、『モノより思い出作戦』や!」
氷織の繊細な人差し指が、ぴーんと俺を指して楽しげに揺れていた。
ウン、これは氷織さんも酔っている。
***
「遊園地に行きたい」と、言い出したのは俺だった。
普段の、代表戦の帰国とかだったらどちらかともなくホテルを予約して、練習や試合を終えたオフの日にはそこからショッピングに出かけたり、食事に出かけたりするんだけれど、遊園地、なんてそういえば付き合う前にみんなで行った、某ネズミのテーマパーク以来だった。
今日はそこよりももっと都心に近い立地で、この時期はクリスマスのイルミネーションが綺麗な小規模の遊園地だった。
「なんで、遊園地?」
って、千切は最初不思議そうにしていたけど、ジェットコースターとか、コーヒーカップとかメリーゴーランドとか、そういうありがちなアトラクションには楽しんでいるみたいだった。
昼間は家族連れが多いその遊園地は、暗くなってイルミネーションが点る時間帯になるとカップルのお客さんが増えて来たみたいで、先述の通り、平日とは言え日本はもう冬休みの時期だったから、若い人が多い、学生さんかなって、こそっと俺の腕を引いた、千切の髪の毛からはふんわりとした甘い香りが広がる。それに年甲斐もなくドキドキしちゃうのも、だって仕方無いだろう。遠く離れたイングランドとドイツ、会おうと思えば会える距離なのかもしれないけれど、お互いに、現役の間はサッカーに打ち込もう誓ったから、恋なんて二の次にしてきた自覚はあった。
恋愛なんて初心者だった。
付き合いたいくらい誰かを好きになったのも、千切が初めてだった。
「楽しいな〜」
二人でゲームコーナーでプリクラを撮った。プリクラなんかも数年ぶりくらいで、いつも以上に美少女顔に加工されてる千切と俺に笑ってしまうんだけど、これも思い出の一つだ。
氷織さん曰く、『モノより思い出作戦』は、千切にはどうやら成功しているらしく、遊園地へ連れて来られた千切は、プリクラ一枚を宝物みたいにスマホの裏側に貼って、それを愛おしげに指先でなぞっていた。
冬は暗くなるのも早い。
イルミネーションが点る瞬間に、大きな瞳を見開いて、その光景を焼き付けるように、千切は俺の手を引いた。ギュッと繋いだ手のひらからは熱が伝わって、熱いくらいで、その温もりに応えるようにギュッと握り返した俺には、千切は僅かに驚いた顔を見せていた。
「クリスマスってさ、子どものためのお祭りだと思ってた」
「うん、おれも」
「でもさ、お前とこうやって過ごせて、今は、特別な日なんだなって、思ってる」
特別だって、お前は目を輝かせて言ってくれて。
こうやって、俺のお願いに付き合ってくれるお前だって、俺の特別な存在なんだって、強く抱きしめてやりたい、そんな気分になるけど、まだここは外だったから我慢だった。
付き合って半年が経つけれど、もとより会える時間は限られている。
キス一つとっても、まだ数えるほどしかしていない。その度に俺も千切も真っ赤になってしまう。キス以上の事だってしてるのになって、思うんだけど。それでも千切と交わすキスは特別だった。それこそ、魔法にでもかけられたみたいに、ふわふわと心地良くて、何度でも触れてみたいって、思うんだよな。と、そのプルプルのピンク色を盗み見た。
「潔?」と、怪訝そうな表情の千切が覗き込む。
「イルミネーションも見たし、そろそろホテル戻ろうか?」
そう、俺の手を握り返した千切に、けれども俺は同じ高さにある瞳を真っ直ぐ覗き返す。
時刻は午後6時をすぎた頃合いで、夜はダウンが必要なくらい冷えるこの季節は、日が落ちるのも早い。イルミネーションだけではなく、そこいらの店舗にも灯りが灯るくらいの時間帯だった。夕飯は、園で食べても良かったんだけど、ホテルのレストランを予約していた。それにもまだ少し早いくらいの時間だった。
「実は、もう一つ付き合ってほしいところがあるんだ」
そう言って手を引く俺には不思議そうな顔をして、千切は首を傾げる。
最初の方こそ不思議がっていた千切だったが、俺に手を引かれて跡をついてくるうちに、どこへ向かおうかと察したらしい。怪訝そうだった表情が、パァッと明るいものになる。
「だって、あれは、チケットがいるんじゃないのか?」
「それも用意してる。だって、千切の誕生日だから」
「お前ってさぁ……」
千切の顔が頬にくっついちゃうんじゃ無いかってくらい近づいてきて、頬を赤く染めた俺の耳元でそっと囁くのだ「あーもう、大好き」って。
俺が向かっていたのは、この時期、この時間帯はものすごい混雑するから別途チケットが必要なアトラクションで、けれども俺はそれも二週間前に用意ずみだった。
観覧車。チケットを持っているとはいえ既に列ができているそのアトラクションの一番後ろに並んで、千切は目深にキャップを被り直すと、俺と繋いだ手をきつく握り直した。
「おれ、好きなやつと観覧車乗るの初めて」
「……俺だってそーだよ……」
俺だってそう。こんなに誰かを好きになったのも千切が初めてだったし、こんなに、千切の一挙一動にドキドキしてしまうのも、こんなにも千切が好きだから。
だから手汗とか大丈夫かなって心配しながら順番を待つ。
雑談をしていたらあっという間に順番が来て、こういうのも千切と一緒にいて居心地のいい理由の一つかもしれなかった。そういえば千切と一緒にいて、沈黙が訪れることはない。会話が途切れないのだ、気をつかわなくて良いのは良い、と思って、俺たちは回ってきた赤い観覧車に乗り込んだ。
「こういうのってさ、隣に座るの?」
扉が閉められた密室で、千切が不思議そうにしているから、俺は千切の手を引いて隣に座らせた。俺もわかんないけれど、こっちの方が近いんじゃないかって思ったから。
隣同士腰を下ろして、そこでさっきよりもっと顔が近くなったと、急に恥ずかしくなった。
だから俺は赤い顔を隠すように観覧車の外に向ける事にした。
「見て千切、外、すごくきれいだ」
「わ、ほんと」
ゆっくりと上昇する観覧車。段々と開けてきた視界に飛び込んできたのは、ミニチュアみたいな園内のイルミネーションと、キラキラ光って見えるのは都会の夜景だろうか。
「すごい!すごい!キラキラして、宝石みたいだ」
そう、夜景を見てはしゃぐ千切の横顔を見て、「お前だってこんなに綺麗」って、口に出しかけた言葉を飲み込んだ。そういうの、スムーズに出てこないのが、非モテなんだろうと思いつつ。
「千切、」
ゆっくりと、流れる時間は永遠みたいだなんて思う。
「なんだ?」
振り返った顔すら、可愛くて。
俺は千切の頬に流れて落ちた髪の毛を耳に掛けてやって、ごくりと一つ息を呑む。
千切も俺の意図を察したらしい、俺の視線に応えるように、長いまつ毛が瞬いて、ゆっくりと瞼が伏せられた。さっき見つめていたピンク色の唇が誘うようにツンと上を向いている。
いつの間にか観覧車はてっぺんまで到達していて、ゴトンと一つ音を鳴らす。もう俺たちを見ている人なんていない、夜景も綺麗で、それは絶好のシチュエーションだった。
チュ、と静かに音を立てて、唇と唇が重なる。
キスなんて数えるほどしかしたことがなかったけれど、大人のキスだって経験済みの俺たちにはなんて戯れみたいなキスだって思ったけれど、だってこんなシチュエーションには御伽話みたいなのが相応しいだろうって思って、それは多分千切もそうで、微かに触れていた唇が離れていくと、千切は閉じていた瞳を少しだけ開いて、クスクスと楽しげに笑っていた。
「もう、最高のプレゼントだよ」
「あはは、プレゼントは、実は別に用意してるんだけど……」
「マジで?」
至れり尽くせりじゃんって、千切は笑った。
そうだよ、だって今日はお前の誕生日じゃん。
この後はホテルのレストランを予約していたし、泊まるのだって最上階のスイートルームだ。誕生日はまだまだ終わらなくって、むしろこれからが本番で、明日はクリスマスイブだ。
まだ渡していないプレゼントだって喜んでくれるといいなって思って、俺はもう一度、下っていく観覧車の中で、千切のつるんとまぁるいおでこにキスを落とした。
「お前といると、ほんと飽きないよ」
千切はふわりと綺麗にそう微笑むと、ギュッと俺の腕に手を回して肩口に顔を埋めた。

コメントを残す