ラブソングができるまで - 2/4

 

 

メルトダウン

 

 

先輩の斜め45度後ろ、そこが俺の、特等席だった。

先輩の背中を見つめていられるのが、俺だけの特権だってずっと思っていた。それで時々振り返って、廉、って俺の名前を呼ぶ、甘さを含んだ高い声が大好きで、気づいたらあなたの後ろをついて行って、ここまで一緒に来てしまった俺は、結構重症なのかもしれない。
あなたが作る、音符がびっちりと書き込まれた五線譜を受け取るたびに、その想いに触れた気になって、俺は一人で、誰にも明かせない思いを重ねていた。
何よりもあなたの歌声が大好きだった。あなたの作る音はきっと、あなたにしか奏でることは出来ないのだと、崇拝にも似た感情で、あなたの音楽を愛していた。

音楽を、愛していたんだと、思ったんだけどなあ。

寮の中にあるピアノ室は、一人になりたい時のお気に入りの場所だった。
もちろん寮内にはソアラのメンバーの練習用に、楽器を自由に弾ける防音のスタジオも完備されているし、マイキーボードもそっちに置いているんだけど、たまに、ピアノに触りたくなる時にはこの部屋に来るようにしていた。
だって今日は特別。新曲の楽譜を、貰っていたのだ。
しかもタイミングよく、一番最初に受け取ったたのが、俺、だった。
他のみんなは外出中だったらしい、先輩は残念そうにしていたけど、心の中で「やった」と声をあげたのは俺だけの秘密だ。

『ーー廉きゅんにだけ、教えてあげるね!この曲はね・・』

同じくらいの高さにある、あなたのくちびる。
こそこそと、そんな、誰も聞いていないのに、耳打ちをしてくる。
先輩の大好きな声が耳元で響いて、吐息がくすぐったい。

やっとここまで追いついた。あなたの背中はまだ遠いけれど、それでも、同じ目線の高さに立って、あなたが今、どんなものを見ているのか、ちょっとでも近づけたらいいなって思ってる。

先輩から託された譜面を広げて、ポロンと音を奏でると、想いが溢れてくる気がした。

ぽろん、ぽろん、と、最初は片手でメロディを紡いで、それから、左手で音を重ねていく。
あなたの作る音楽にもっと触れたい。もっと上手く奏でたい。それは、ピアノを始めた頃の幼い自分の心境によく似ていて、上手だねって褒めてもらいたい、子供じみた自分もいる。

少しずつ、世界に触れていく。

ーーー廉きゅんにだけ、教えてあげるね!

俺だけ、特別。

ーーーこの曲はね・・・

譜面に記された歌詞を唇に乗せる。まだ誰のパートなのか明記されていなかったけど、贅沢な事を言うなら、俺は全部、あなたの声で聴きたいなって思う。
だってこれは一途な恋の歌だ。先輩らしい明るい曲調に、真っ直ぐに誰かを想うこの歌詞。
歌詞の中の「好き」という言葉を繰り返していると、あの人の事が好きなのだと実感させられてしまう。いつ溢れ出してしまうかわからないこの想いは、出来ればずっと、心の中に仕舞っておきたいものなのに。先輩の特別になりたい。でも、音楽の神さまに愛されたあなたと、音楽とを切り離すような邪魔な存在にはなりたくなかった。

ダンっと最後の音を鳴らして、室内を静寂が包み込む、と同時に、背後からおもむろにパチパチという拍手の音が聴こえて、サーーっと顔から血の気が引いていくのを感じていた。
えっ、嘘。鍵、かけ忘れた?いつもここで一人でピアノを弾くときは、施錠して、誰にも聴かれないようにしているのに。しかも、ピアノだけならまだしも、結構な音量で歌ってしまっていたはず。

真っ青になって振り返ると、キラキラと目を輝かせて鳴り止まない拍手を送る、俺の大好きな人がそこにいた。

「そら、先輩・・・?」
「廉きゅん・・・!!すごい、上手!」

手放しの賞賛は、俺が密かに求めていたものだ。椅子に座ってる俺をぎゅーーっと抱きしめて、ほっぺたがくっ付いてしまいそうな距離で、空先輩はいいこいいこと俺の頭を撫でてくれる。
俺が望んでいたもの、だけど、今は恥ずかしすぎるから、やめてほしい。

「廉の歌声は優しいね、ずっと聴いていたくて、声かけるタイミングわかんなくなっちゃった」
「せ・・・せんぱあい・・・」
「あっは!顔、真っ赤!」

目を細めて穏やかそうな顔で、俺を見つめるのはいつものこと。

「ねねっ、もっかい弾いて、連弾しよう?」

椅子をぎゅっと詰めて隣に座って、あなたはそんな事を言う。
同じ高さにあるまあるい瞳は、俺の一番大好きな優しい色をしてる。

連弾ももちろん、すごーく、魅力的ではあるんだけど・・

「・・あのっ・・おれが、弾くんで、先輩は歌ってくれませんか?」
「えっ、俺?」
「みんなの歌になる前に、空先輩の声で、全部、聴きたいなって・・」

先輩の目が、驚きで更に丸くなって、その明らかにきょとんとした顔に、まずい、余計なことまで言いすぎたと、語尾が消え入りそうなくらいに小さくなっていった。

「ご、ごめんなさい、贅沢、言いすぎました」
「・・んーん、」

あなたは、「全部知ってる」みたいな顔でにこりと笑う。

「廉きゅん、熱烈なラブコール、ありがと」
「え、えぇ?ら、ラブコール?」
「いいよやろう。じゃあイントロから、できる?俺が楽譜捲るね。」

促されるがままに鍵盤に手を添えて、あなたのカウントに乗って、音を紡ぎ出して、俺が奏でるピアノのメロディに、あなたの伸びやかな歌声が重ねられていく。
あなたの作った一途な恋の歌、どこまでも真っ直ぐに誰かを想う歌。やっぱり、先輩の歌声は最高だ。先輩が歌に乗せて好きって言うたびに、俺の心の中で、先輩のことが好きって気持ちが膨らんでいくのを感じていた。
あなたが好き、大好き。
膨らみすぎた想いは、ぽろぽろと、頭の先から、足のつま先から、指先から、目から口から、抑えきれずに溢れ出していく。助けて、だれか止めてって、止めてほしいのに、溢れる。

「ーーーすき、」

ーーー廉きゅんにだけ、教えてあげるね!

「好き、あなたが、」

ーーーこの曲はね、好きで好きでたまらなくて、想いがバクハツしちゃうラブソングなんだよ!

「すき・・・」

指先から、音になって溢れる
目から、涙となって溢れる
口から、想いになって、溢れる

音を止めた俺に続いて、先輩の声も止んだ。
二人っきりの静かなピアノ室に俺のすすり泣く声だけが残って、それを見て、先輩は困った様に笑う。

「・・・バクハツ、しちゃったの?」

小柄なあなたには不似合いな、ピアノを弾く、大きくて長い指が、俺の胸の真ん中の、心臓に一番近い場所をツンと小突く。それからゆったりと、指先で描かれるのは、ハートマーク。
そのハートの意味するところを、きっとまだ今の俺は、知らなくとも良い。

「・・バクハツ、しちゃいました・・あまりにも、素敵な曲、すぎて・・・」
「えっ?!そっち?」

 

 

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