OVER
24歳の男が作るラブソングは、意外と年相応な等身大の想いが綴られていた。
今年もまた、桜の花が咲く季節がやってきた。
花は咲き、小鳥が歌い、出会いと別れが交差する、なんとなく、落ち着かない季節。
自分の部屋からたったひとつだけ、持ち込んだのは真っ白なヘッドフォン。
ちょっとだけ高価なそれは、値段に見合った音質をしていた。質のいい音に触れたくて、いろんな人にアドバイスを貰って選んだ、俺のお気に入り。それを小さな音楽プレーヤーに繋いで再生ボタンをタップすると、ピアノの細い旋律がヘッドフォンを通じて耳へと届く。
イントロに続いて耳元で響いてくる、聴き心地のいい男の声は、この世界で一番好きな音だ。
優しい旋律、少し掠れた声、よく伸びるビブラート。それらが重なって、一つの歌を構成している。
穏やかな春の日だった。
今日はひどく暖かくて、少しだけ開いた窓からぬるい風がぶわりと吹き込む。
風に乗って桜が舞って、花びらに触れたくて、ふわりと宙に指先を翳してみるけど、届かない。
もう何度目になるかわからない、それは、恋に落ちた、感覚。
ーーー衛の音楽に、俺は、恋をしている。
頭が痛くて胸が苦しくて、抑えきれない想いは、苛立ちにも似ている。愛と嫉妬は紙一重なのだと誰かが言っていたけど、俺は、音楽の神さまに選ばれたこいつが、憎たらしくて羨ましくてダイキライだったから、あながち間違ってはいない。まあ、そんなことは言わないし言えないのだけれど。
柔らかなソファの座面が気持ちよくて、身を預けるようにして、ゆったりと目を閉じると、無防備になった瞼の上にちゅ、と、小鳥が啄ばむようなキスを落とされる。犯人は分かっていて、薄目を開けてジロリと睨むと、ヘラヘラした笑いを浮かべながら、衛は俺のことを見下ろしていた。
「リョウくん〜・・せっかく二人きりなんだから、寝ないで?」
「・・この温かさにまもるの声で、バラードは・・きつい」
「えっ?!ひどくない?!」
「子守唄みたい、ってことだよ・・・・ぐぅ」
「ねーなーいーでー!俺の渾身のラブソングだよぉ?」
ラブソング。そう、ラブソング・・なのだ。
次の新曲にと手渡されたデモテープの中身は、とてもシンプルな曲調の、ラブソング。いつもの壮大で幻想的なメロディを想定していた俺は、曲を聴いて少々、いやかなり、内心では驚いている。
一体どんな路線変更だと思ったものの、各ユニット同じテーマで夏にリリースする予定の、『ラブソングコレクション』の中の一曲なのだと言う。
甘酸っぱい片思いも、略奪愛も、無償の家族愛も、他ユニットの領分なわけで、それじゃあウチは、どんなラブソングを歌えばいいのだろうかと考えた時に、きっと、衛の作る音楽は「ラブソング」から一番遠いところにある。本人も苦手な分野だと言っている、甘い恋の歌。
「ラブソング、ねぇ」
「・・・つまらない?」
不安そうに揺らいだ瞳は、俺の、曲の評価を気にしている。
衛の作る歌はいつだって素晴らしいって思っている。俺がそれを口に出す事は無くても、こいつにはそれが全部筒抜けだってことも、不本意ながら、認める。けどこれは、これまでの衛の作る曲とは多分対極にあるような、極めてシンプルな曲だ。普段は、神話のような現実離れしたストーリー性を持った曲だったり、民族調の楽曲だったり、それこそ地球規模での愛を表現していたりする衛が、ラブソング、というテーマを与えられて書いたのが、この、一人の男が、たった一人を一途に愛する想いを切々と綴った、ちっぽけな愛の歌だって言うんだからなんともまぁ、いじらしい。
壮大な男が作る極小の世界は、意外と、甘くて優しくて、可愛らしいものだ。
「・・つまんなくはない・・けど、なんか恥ずかしいねこれ」
「どう言う意味!」
「衛は、こんな風にやさしい気持ちで、誰かを好きになるの?」
「リョウくんリョウくん、自分自分」
尖らせた唇を親指と人差し指の指先でぷにゅと挟まれて、アヒルみたいな口にさせられていた。
俺との関係を赤裸々に歌詞にされたら、そりゃ、たまったもんじゃないけど、こういう形での真っ直ぐな愛情表現は、悪くない、と思う。俺は、面倒くさそうに見えて結構単純に出来ているから、こういうことされるとくすぐったくて、わかりやすく喜んでしまうのだ。
気付かれないようにこっそりと笑みを浮かべた口元は、ごく自然な流れで近づいてきた衛の唇によって塞がれた。触れるだけのキスの最中に俺の顔色を探るように上目で見つめられて、視線がぶつかる。
「・・・おれの渾身の、愛の告白なんですけど」
「・・・・・・へぇ」
尚も深いキスをしようとする衛から逃れるように、スルリと身を交わして、クッションを抱いて眠りにつく準備をする。せっかくの二人きりなのだし、イチャイチャするのも悪くないけど、今の俺はとても眠くて、どうにもこうにも瞼が開きそうにない。
「ねえ、ラブソングは後回しにして・・子守唄・・・歌ってよ」
「リョウくん〜〜??!!」
「・・まもるの作る、曲、すき・・・」
「そういうのは起きてる時に言ってよー」
呆れたように大きなため息を吐いて、俺の頭を撫でつける衛の手を捕まえると、柔らかな薄茶の瞳が驚きで僅かばかり見開いて、真ん中に、俺を写す。
「・・・いい歌だと、思うよ・・・俺はこんな風に、衛に愛されてたんだね・・」
スーッと心地よい眠りに落ちる最後の瞬間に、真っ赤な顔してぷるぷると震えている衛が、俺のことを見下ろしているのが見えた。
夢の中で、ラブソングが聴こえた気がした。
その歌にまた、俺は恋に落ちる。
何度でも恋に落ちる。

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