ポーカーフェイス
「俺の勝ちだ」
10からエースまで、綺麗に並んだハートマークのロイヤルストレートフラッシュを目下にして、こんなの初めて見た、と目を丸くする。
「・・・ちゃんと切った?」
「切ったのはお前だろ。」
「・・・ですよね」
目の前に積まれたチップ代わりのピスタチオが相手の領内に連れて行かれるのを見送って、俺はまた、カードを切る。そんな合間も志季は何が面白いのか、ピスタチオの山の向こう側で、普段のポーカーフェイスの口元に笑みを浮かべて、グラスに入ったハイボールを飲み干していた。
明日は大切な合同ライブを控えた、ホテルの夜。時刻は午前0時すぎ。
そもそも、昼間からの打ち合わせとリハを終えて、ホテルに戻ってきたのが遅い時間だったから、まだ0時かって感じの方が強い。メンバー間で、明日はライブだから、あんまり深酒しないように軽く飲もうみたいな話になって、近くのコンビニで買い込んできたビールもチューハイもハイボールも、割と常識的な量だった。トランプを持ち込んでいたのは確か翼で、最初は4人でババ抜きとか神経衰弱とか、酒の肴に延々とゲームしていたんだけど、大が「酒が回ったからもう寝る」って言い出して一抜けして、翼も、「大浴場1時までだからひと風呂浴びてくんね〜」と言い残して居なくなってしまって、残されたのは俺と志季とこのトランプで、ゲーム内容も大富豪からポーカーに変わった。
「もっかいポーカーでいい?」
「・・おまえの中に止めるって選択肢は無いのか」
「勝ち逃げは許さないよ」
「ふ・・本当に負けず嫌いだな・・」
呆れたような笑いは夜の闇に飲み込まれて、部屋の間接照明の赤っぽい光の中に、志季の姿がぼんやり浮かび上がる。充電コードを繋いだプレーヤーには明日のライブのセトリをプレイリストを入れていて、それがランダム再生されていた。今はちょうど、クベルの、柊羽の澄んだ低音の歌声が、静かな空間に静かに流れている。
「ピスタチオでもいいけど、ねぇ、なんか賭けよう」
「・・賭け事か?」
「そういうんじゃなくて、勝った方が一つ、言うこと聞くの。どう?」
「よっぽど自信があるんだろうな・・いいぞ、付き合おう」
「ふふっ・・何かあった方が、勝負も燃えるでしょ」
カードを切って、手札を配る。志季の、日に焼けていない白くて長い手が配られたトランプに触れて、中身を一瞥する。顔色を伺う、けど、やっぱりいつものポーカーフェイスは崩れる事がない。
俺の方は、というと・・・クラブの10とJ、ダイヤのQ、それから、スペードのK。
これは、まぁまぁ。9かエースのカードが来れば、ストレートが完成する。勝てる、かはわからないけど。顔には出さないようにしてひそりと笑った俺を、紫の瞳が覗き込む。
「・・願い事は、なんでもいいのか」
「俺に出来ることにしてね・・ていうか、何それ?勝利宣言?」
「そういうわけでは・・いや、勝てる。勝てるな、最強のカードだ。ベット。」
コロン、と、ピスタチオが一粒転がって、桃のチューハイの入った缶にぶつかった。
「怖っ。今日の志季はついてるからな〜。コール。」
志季に倣って、ピスタチオを一粒場内へ。それから順番にカードをドローして、手札を眺める。志季の言う、最強のカードってどんなのだろ。役的には、先ほど繰り出したロイヤルストレートフラッシュを超えるものは無い筈だけど。自分の元に来たカードはパッとしないもので、ああ、微妙だなぁと顔に出てしまう。
「リッカ、レイズだ。俺の最強の手札が揃った。」
「はーぁ?!また賭け金釣り上げるの?」
「もう一度聞くぞ、願い事は、なんでもいいんだな?」
ピスタチオが今度は四粒、テーブルを転がっていく。
俺を見つめる瞳には、熱みたいな欲みたいなものが籠っているように見えて、うっとたじろぐ。変なプレイとか、コスプレとか、はたまた朝までコースだったりするのは、もう流石に年齢的にもきついものがあるから嫌だなあ。せめて、明日は大切なライブだから、やるなら寮に帰ってからにしてもらわないと。そんなことを考えて、とほほとうな垂れた俺。
ゲームだったらここでドロップしてる展開だけど、これは志季との一対一の賭け。勝負を降りるような選択肢は無い。
「・・男に二言はないよ。コール。」
テーブルの上になけなしのピスタチオを転がして、そう、コールした俺に、志季は満足そうな顔をしてこちらを見下ろす。おい、ポーカーフェイスはどこに行ったんだよ。
「はーあ、もう。俺の負け。でしょ?」
ぱらりとカードを表に返して、雑にテーブルの上に置く。
俺の手札、クラブの10とジャック、ダイヤのクイーン、スペードのキング、それから、ダイヤの7。
ストレートは完成しなかったから、見事にドブなわけだけど。
いつのまにかBGMはソリッズのBurny!!!に切り替わっていて、そういえばこの手札もうちのユニットみたいだなって、なんとなく、思った。クラブの騎士は大、ダイヤの女王は翼、それから、スペードの王様が志季。有能なキングの両隣には、カッコイイナイトとクイーンがお似合いだ。じゃあ俺は?ダイヤの7?いやいや、さしずめ、今この場には居ないジョーカーと言ったところか?
負けを悟ってしまって自暴自棄になっているのか、はたまた酔って面倒くさい自分が出て来てしまっているのかは定かでは無かったが、そんな、ヤケになった思考すらも読んでいるかのように、志季は勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「リッカ、見てくれ。ほら、俺たちだ。ソリッズだ。」
ぱらりとカードがテーブルに舞う。
それは、スペードと、クラブと、ダイヤと、ハートのエース。
「う、嘘でしょ?」
ーーーちゃんと切った?俺。
「嘘なもんか」
すごいだろ?って自慢げに笑う様は、まるで少年のような無邪気さだった。
ポーカーフェイスの裏側で、実は、俺以上に負けず嫌いな事も重々承知している。そんなところも昔から変わらない、少年みたいな笑顔は意外と可愛いってことも。
「おまえがどう思ってるか知らないが、俺は全員がエースだと思って、曲を作ってるんだからな」
テーブルに散らばったカードの中からハートのエースを手にとって、俺の目の前に掲げる。
志季は全部お見通しだ、俺の思いも、考えもきっと。
「リッカ、おいで」
そう言って両手を広げて招かれては、男に二言はないと言ってしまった手前、俺はおとなしくその両手に抱かれるしかない。志季に抱きしめられるのは好きだけど、勝負で負けた今、不服そうな表情は隠しきれそうになかった。志季の膝の上に乗せられて、バスローブからはみ出した膝をするりと撫でられると、ぞくぞくと鳥肌が立っているのを感じる。
「願い事、なんでもいいんだよな」
「今夜寝かせてくれるならね。」
「それもまぁ、魅力的ではあるが。」
品のないジョークには苦笑で返して、志季は、そっと俺の手を取る。
薬指の爪先に音を立ててキスをして、紫の色の瞳が、覗き込むように俺を見上げて居た。
「俺の曲に詞を書いて欲しい。リッカ、おまえが」
願い事は、予想にもしなかった事で、志季の言葉に、目がまあるくなるのを他人事みたいに感じていた。詞を書く?俺が?志季が作った曲へ?作詞?あらゆるワードが頭の中をぐるぐる渦巻いて、盛大にクエスチョンマークを飛ばしている俺の手を、志季の細くて繊細な手がぎゅっと包み込む。
「一度でいいから、やってみたかったんだ。俺はお前のためだけに曲を書くから、お前は、俺を想って、愛を歌うような詞を書いて欲しい。」
「でも、そんなことをしたら、志季の世界観が」
「たまには、俺をお前の色に染めてくれてもいいだろ?」
気障な台詞は、酔っているのかいないのか。下からすくい上げるようなキスをされて、舌を絡められると、ほんのりとウィスキーの香りがした。志季が飲んでたハイボールの味だ。酔っ払ってしまうような、お酒くさいキスの中で、志季以上にほろ酔いの俺は、深く考えずに、その願い事を承諾した。
男に二言はない、志季が望むなら、最高の曲に仕上げよう。
タイトルは、そうだな・・・
ーーーポーカーフェイス。
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