[万里鵬翼]
俺の3人目の王は、生真面目で実直、それから口数の少ない無愛想な男だった。
王となってまだ日の浅いそいつが俺の元にやってくるのは、良くて月に数度、ひどい時は半年近く姿を見せることは無くて、それ以外の殆どを、各地で起きている反乱の鎮圧に費やしていた。自ら陣頭に立って兵を鼓舞する新王の姿はあまりにも強く美しくて、民たちは一斉に、新しい時代への期待を語っていた。
──民とはゲンキンなものだ、と、俺はまたひとりぼっちになった自室の寝台の上で、愚痴る。
俺が仕えた1人目の王は、春の陽だまりのような穏やかな人だった。中性的な容姿がそれはもう美しくて、本人も、美しい物を大変好んだ。俺もまた、彼のお気に入りの一つだったと思う。美しい服を着せられて、美しいその人に愛でられ、楽しい日々を過ごしていた。彼が統治した300年とちょっとの長い年月は、人柄を表すような穏やかな時代で、人々は揃って、その美しい王を称えていた。国が滅びた一番の理由は、長年にわたる統治に対する王の怠慢とか、そんな理由だったと思う。
2人目の王は、冷たい氷のような瞳をした、これもまた美しい王だった。一年中が暖かな気候のこの土地は冬という季節には無縁だったんだけど、蓬莱で見つけてきた胎果のその王は、冬場は冷たい雪に閉ざされるような寒い土地で生まれ育ったのだと、酒が入るたびに俺に語って聞かせてくれた。冷たい印象に反してその実はとても優しい人で、俺とは口論が絶えなかったけれど、それも互いに信頼しているからこそだった。彼は50年と比較的短い治世だったけれど、武人でもない、こちらで生まれ育ったものではない胎果の王にしてはよくやってくれたと俺は思っている。
「──翼、今帰った」
「…………大?」
3人目の王は、こいつだ。見上げるほどの長身と逞しく鍛えられた体躯は、軍人特有のもの。先王が崩御して直ぐにやってきた昇山者の中にいたこの男は、俺でも顔と名前を知ってるくらいの有名な禁軍の将軍の傍にいた、一介の武人に過ぎなかった。けれど、その、王気は。男のオーラは静かに流れる水のようなものだった。夏の暑い日、その年の夏はおそろしく暑くて、宮の中にいても暑さで倒れそうだった俺の前に、さらさらと心地のいい音を立てて流れていく涼やかな水のような男が現れた。3人目ともなると、すぐにわかってしまった、俺の新しい王はこいつなのだと。吸い寄せられるように、その、足元へとこうべを垂れた俺に、男は困り果てたような顔で、たった一言だけ告げた「なんで俺なのだ」と。男の言うことももっともだ。だって彼の隣には王の器に充分足りうるであろう将軍が居て、他にも名だたる人々ばかりが連なって昇山していたのだから。けど、なんでだって?そんなことは俺だって天に聞きたい。でもさ、お前の側にいるのが一番居心地が良かったのだから仕方ないだろ?
大の王気は、王になった今でもずっと変わらない。変わらず俺の側で、さらさらと澱みなく流れていて、汚いものもつらいことも、悲しい思い出すらも全てさらってくれるようだった。
「大ちゃんおかえり。無事で何より」
「……その、悪かったな。今回は長いこと城を開けてしまったから」
ふわりと抱きついた身体からは澄んだ水のような匂いがした。多分戦場で夥しい量の血を浴びてきたであろう事は容易に想像出来たけど、それを全く感じさせないのが不思議だった。俺に会うために、どこかで清めて来てくれたのかもしれない。そんなわかりやすい優しさも嬉しくて、悟られないようにクン、と静かに鼻先を鳴らして、その温かな胸に頬を預ける。
「まったく、ほんとだよ。どれだけ俺のことほったらかす気?」
「悪かった、それも聞き及んでいる。お前が、城で拗ねているってな」
「拗ねてないってば。…けど、流石に連絡も無く半年ぶりってのは、ないんじゃない?」
「………翼、」
翼。
大はそうやって、俺の事を先王が名付けた名前で呼ぶ。どうせ呼称なんだから好きなように呼べば。って言った俺を、敢えてその名で呼ぶ理由を尋ねてみたところ、困り顔で眉をしかめて「お前はなんか、翼っぽい」だって。なにそれ、意味わかんないし。でも俺はその名前が気に入っていたから、大人しくそう呼ばせている。俺の事を役職名である「台輔」って呼ぶ者が殆どの中で、今では大だけが呼んでくれる「翼」って音の響きが、好きだったから。
「翼、そんなに拗ねるなよ。どうしたらいいかわかんなくなる」
半年ぶりに聞く、その、俺を呼ぶ声は、やっぱり清流のように澱みが無くて清々しい。
「怪我をした、とか。戦況が思わしく無いとか、そういうよくない話を聞くたびに、つらい」
だから俺は、そんな風に嘘偽り無く、本心を打ち明けてしまう。
若い王だった。人生経験も圧倒的に俺より少なくて、ただ必死に、国を治める為に奔走している王に向かって、そんな事を言っても困らせるだけだったのに。けど、大は、それすらも受け止めてくれるのだ。その、まだ全然頼りない、けれども逞しくて大きな両腕で。
「言えよ、そういうのは。…全部聞くから」
「………離れて死ぬのだけは、絶対に無しだからね」
「あぁ、」
この優しい王は知っている。俺がこれまでに見送ってきた二人の王の存在も、それによって受けて来た俺の悲しみも苦しみも葛藤も、全て。その上で全てを受け止めて、包み込んでくれる。
だから勢いで、「大ちゃん俺を同じ墓に入れてくれるって約束して?」って迫ったら、大はいつものあの、困り顔で俺の頭をコツンと小突いた。
「…………そいつは熱烈な求婚だな」
「俺は本気で!言ってんの!」
「心配するな。当分、そういうことは無いだろうから」
大はそう言って、なんともいえないような穏やかな顔で笑う。
俺はこの、無骨な男が俺にだけ時折見せる、優しい笑顔がたまらなく好きだった。
だから俺はもう決めてんの。こいつが俺の、最後の王だって。

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