2.jewel stars

僕はずっと、少女漫画みたいな恋に憧れていた。
ヒロインの女の子は、王子様みたいな男の子に恋をして、色々な波乱を乗り越えながらめでたくゴールイン!って言う、ありがちだけど幸せでいっぱいのハッピーエンドが大好きだったし、恋は実ったけどお互いのことを考えて涙涙で別れてしまう泣かせるオトナな恋も憧れだった。
でも結局憧れは憧れでしかない事に気付いたのは少し大人になってからだ。
波乱万丈な恋なんて望んでいない。ドラマチックじゃなくたって、君が隣にいてくれればよかった。

僕の「ヒロイン」は、可愛い可愛い男の子だ。
小柄で華奢、インドア、服作りが趣味で、自分でも可愛い服を着るのが好き。でも、性格はさっぱりとした男前で、大人相手にも平気で啖呵をきるし、毒も吐きまくる。
可愛い、とか、美人という言葉で称される事が多くて、実際とても綺麗な顔立ちをしていた。
けど僕には、いつも真っ直ぐに前を向く、凛とした飴色の瞳の方が印象的だった。
長いこと親友で、僕もその関係が心地よかったから、これからもずっと親友でいるのだと思っていたのだけれど、この度、紆余曲折あってお付き合いをする事になった。
秋の学園祭、思いがけずロマンチックなシチュエーション、好きだよって言った僕に、俺もって頷く君。漫画みたいな素敵な恋の始まりに、僕の胸は高鳴って、頬はきっと真っ赤に染まっていたと思う。
恋をするのは初めてだったし、誰かとお付き合いをするのも初めて。
付き合うって何すればいいの?って疑問符が浮かんでくるくらいには、既にずっと一緒だった。一緒に学校にも通ってるし、休みの日には出かけたりもするし、生活リズムも殆ど一緒。
僕の恋の参考書である少女漫画にも明確な答えは載っていなくて、悩みに悩んで本人に相談したところ、
「手を繋いでもいいし、抱きしめてもいいし、キスも、もっと凄いことも、してもいいんだよ」
って、至極分かりやすい言葉で解答を頂けた。僕が真っ赤になったのは言うまでもない。
もっとすごい事ってなあに?と聞き返さないくらいには、僕だって大人になっていたけど、
本人から「いいよ」って許可を得ても、僕は一歩踏み出す事は出来ないだろう。
君の事は、何よりも大切にしたかった。
ゆっくりと大人になりたかった。
ここまで一緒に、歩幅を合わせて歩いて来たから。

けれど僕らにはタイムリミットがあって、次の夏、僕は君とさよならしなきゃいけない。
夢を追いかけて遠い街へ行ってしまう君へ、
「僕」という思い出を、心にたくさん残しておいて欲しかった。

その為に、僕が出来ることって──

 

***

 

付き合う、と言っても、日常はこれまでと何ら変わらない。
親友だった期間が長過ぎて、いきなり、友達から恋人にスイッチを切り替えられるほど、僕も彼も器用な人間では無かった。残されてる時間はそうそう無いのだから、この時間を大切にしたいと言う思いはあるんだけど、半年後には君はもう隣に居ないだなんて実感がわかなくて・・というか考えると寂しくなるから考えないようにしているだけかもしれないけど。
とにかく、何かしなきゃなって思う気持ちとは裏腹に、日々は何事も無く過ぎて行くのだった。
そんな風に、僕らの毎日はこれまでと同じように過ぎていたが、学園祭が終わった校内は、些か浮き足立っていた。登下校中には女子生徒の遠巻きが付いてくるし、移動教室などですれ違った際に会話を交わせば、その場にいた生徒たちが黄色い悲鳴をあげる。幸くんの顔にうんざりした表情が浮かんでくる頃、校内にはだいぶ真実味を帯びたウワサ話がまことしやかに流されていた。
曰く、「向坂先輩と瑠璃川先輩はデキてる」
「人のウワサも、ここまで来ると馬鹿にならないよね」
二学期も残り僅か、放課後の教室。僕は下校のお誘いに訪れた幸くんを自分のクラスに招き入れて、意味のないおしゃべりに時間を費やして居た。
人気のまばらな教室で、机に向かい合って。幸くんはハンドクリームを塗っていて、僕はお昼に食べきれなかった購買のパンの残りを頬張っていた。
「ウワサ話なんて勝手にさせときゃいいよ。どうせあと1ヶ月もしないうちに自由登校になるんだし」
この時期になると幸くんは保湿に余念が無くなる。びっくりするくらいの量のハンドクリームとボディクリームを消費し、お陰で冬場でもお肌はぷるぷるだった。
「娯楽の少ない学校だからね。あんな公開告白みたいな真似すりゃ、そりゃーウワサにもなるよ」
「……まだ怒ってんの?」
「べっつに。……あ、ほら。椋の手、逆むけてる。塗ってあげるから貸して」
そうして僕の手を取って、ローズピンク色のチューブを絞って、手のひらに白いクリームを落とす。辺りには薔薇の芳香が漂って、くん、と鼻を鳴らすと、なんだこれ、嗅いだことのある匂いだった。
「……あず姉さんの匂いがする」
「おすそ分けしてもらったの。……てか、なんであず姉の匂いなんて知ってんの」
面白くない様子でジト目で見て来るけど、男からの貰い物だなんて僕の方が怒ってもいい場面だってば。でもそういう思考に至らないのは、相手があず姉さんだからだ。あの人は、なんていうか、男の人なんだけど、僕たちにとっては母のような姉のような特別な存在だから。本人に言ったらそんな歳じゃないって怒られそうだけど。
こんなに近い距離で手を握られて、すべすべの手でハンドクリームを塗られて、なんとも言えない気分になる。友達にこんな邪な想いを抱く事は無い。大切にしたいって、口ではいくらでも綺麗事を言ってみるけど、僕もお年頃の男で、好きな子にこんな事されて平常心でいられるほど、聖人でも無かった。
薔薇の香りに当てられてるのかもしれない。
まさか、あず姉さんの事だから、ハンドクリームの中に変な成分が入ってるとかは無いよね。
「椋、顔赤い」
「えっ?!」
「この大事な時期に風邪なんてひかないでよ」
出来た、帰ろうって、ハンドクリームを塗りたくられた僕の両手をぱっと離して幸くんが言うから、慌てて帰り支度を始める。パンのゴミを捨てて、荷物をまとめて、ブレザーを羽織って、と。
その間に幸くんはコートにマフラーまで巻いて、冬場の完全防備の姿になっていた。
モコモコになった姿を見下ろす。
凛とした大きな瞳も、幼さの残る輪郭も、初めてあった時とあまり変化が無い。
永遠に老いることの無い少年のような容貌に、高等部の男子制服は中々にアンバランスだった。
「さっっっっっむ!」
ぐるぐるに巻かれたマフラーに顔を埋めて、不機嫌さを隠さずに幸くんが言う。
「寒い、椋、見てるだけで寒い。コート着なよ」
「えー?中にパーカー着てるし、幸くんほど寒くは無いよ」
多分、小柄な人とか細い人って、寒がりなんだと思う。幸くんがそう。僕はそれほど寒くはないし、今年の冬は暖冬で、都心は雪も降らないでしょうって天気予報のキャスターが言っていた。
「太りなよ」ってセリフは、食べるのに体重が増えない体質の幸くんには適していない。だからこういう人はこの時期、あったかい格好して、あったかい部屋から出ないにかぎる。
寒そうに、はーっと、白い息を手のひらに吹きかけて、かじかんだ手をポケットに突っ込んで暖を取っていた。
「手、繋げればいいんだけどね」
「え?」
僕の小声の呟きは、幸くんに届くことは無く、白い息と共に空中に消えた。

***

関係性に変化がないとは言え、めでたくお付き合いする事になってから僕らは、今まで以上に一緒にいる時間が増えたように感じる。と言っても、これまでもずっと一緒だったから、分かりにくいかもしれないけど、授業中と寝る時以外はほとんど一緒にいる。
朝起きる時間もほぼ一緒、洗面所でおはようの挨拶を交わして、朝ごはんも一緒、同じものを食べて、一緒に登校。クラスは違うけどお昼ご飯も一緒、臣さんに持たされたお揃いのお弁当箱で同じお弁当を食べて、一緒に下校。寮に帰っても一緒に宿題をして、夕飯も、お風呂も夏組の決められた時間に入ってるから一緒。流石に寝る部屋もタイミングも違うけど、ここまで来ると生活リズムが同じ過ぎて恋人らしい時間を過ごすきっかけが無い。
「椋と幸は双子みたいだね」って言う満開寮の母……もとい、あず姉さんの言葉は、ある意味的を得ている。家族よりも、恋人よりももっと近い距離感。それが僕たちだった。
幸くんの性格を考えると、学校でも寮でもずっと一緒だなんて、バカップルみたいでウザい、とか言い出しかねなかったが、驚く事にむしろそれを甘受しているのは彼の方だった。
通常の生活以外に、幸くんの独壇場である冬組公演の衣装作りにもお手伝いとして駆り出されて、「こんなに使えるんならもっと手伝ってもらえばよかった」というお墨付きまで頂いてしまった。
いつも一緒なのは良いことだ。けど、違う、そう言うんじゃない。
お付き合いをするって、何をすればいいの?
A.手を繋ぐ、抱きしめる、キスをする、……それ以上の事もオーケー?
本人からの許可は下りている、でも、今度はそのタイミングが分からない。現実は少女漫画みたいに都合よくチャンスが転がっているわけではないんです。こんな事誰にも聞けない、うちはこういうお子ちゃまの恋バナが大好きなお兄さんばかりだから、絶対にバレるわけにはいかないし、学校の少女漫画が好きな女友達にもからかわれそうだ。「それなんてタイトルの漫画?」って。
もうすぐクリスマスが来るって言うのに、僕はクリスマス当日に控えているカンパニー恒例のファンミーティングの公演の準備に追われていた。そう、クリスマスも、きっとみんなとのどんちゃん騒ぎで終わってしまうだろう。それも楽しいから良いんだけど、せっかく2人で過ごす初めてのクリスマスなんだから、もっとロマンチックな思い出を作ってもいいんじゃないか。
本棚から、参考になりそうな漫画を数冊ピックアップして読んでみるが、中々、うーん。難しそうだった。僕にはこんな、漫画の世界の王子様がやるような格好いいサプライズは、出来そうもない。ていうか幸くんは勘がいいから、こういうのは全部筒抜けになりそうだし。
「むくー!宿題やろー!」
妄想の世界に浸っていると、トントンというノック音とともに幸くんの声が聴こえて、僕は慌てて漫画を本棚に戻して、ドアへと駆け寄った。

……カリカリカリ……ペラっ、……カリカリカリ……ペラっ、

静かな部屋に、シャーペンの音に混じって、漫画を捲る音が響く。
あれ?宿題をしに来たんじゃないの。
幸くんは肝心の宿題をほっぽり出して、ローテーブルに向かう僕の背中に引っ付いて漫画を読んでいる。これは……なんだろう、可愛いんだけど、落ち着かない。
背中に熱を感じて、全身が熱くなっているような錯覚を覚える。
何の漫画読んでるの?普段、僕が勧めない限り、少女漫画とか、読んだりしないじゃん。
カリカリとシャーペンの音だけが響き渡る静かな室内で、幸くんは背中にぴったりくっ付いたまま、小さな声で呟くように、僕に声を掛ける。
「ねえ、椋。デートしようか」
「え?」
あまりにも突拍子もないお誘いに、水色のシャーペンがコロリと床に落ちた。
デート?デート。……デートとは。
普通にお出かけするのとは違うのだろうか。
まさか、少女漫画を読んでいて、急に思いついたとか?
首を傾げて振り返ると、顔を赤くして目線を泳がせる幸くんの姿があって、それを見てようやく、これは突拍子もないお誘いなどではなく、彼が迷いに迷って勇気を振り絞って切り出した、正真正銘の恋人同士のデートのお誘いなんだって気付く。
「い、嫌ならいい……」
「嫌じゃない嫌じゃない!!ごめんね、ビックリしただけ」
「……衣装もひと段落ついたし、もし椋の勉強の邪魔にならなければ、だけど」
珍しく控えめな言い方だった。確かに僕は受験生だったし、この時期は最後の追い込みと言わんばかりに机に向かっているべき時だ。実際、幸くんと一緒にいる時も勉強をしている事の方が多い。
それでも、この貴重なお誘いを断るなんて僕には出来ない。
「いいよ!僕も息抜きしたいなって思ってたとこだし」
至近距離で不安そうな表情を浮かべている幸くんを覗き込んでにこりと微笑むと、そこでようやく安心した様子で、ほっと胸を撫で下ろしているようだった。
「どこか、行きたいところある?」
落っことしたシャーペンを拾い上げたまま問いかけると、幸くんは赤くなった頬を隠すようにして、俯く。そうして、小さな小さな、もう聞き取れるのかわからないくらい静かーな声で呟いた。

***

「わあ!可愛い!」
4年もずっと一緒にいると、新鮮に感じる出来事なんて無い様な感じがするけれど、これは結構新しい発見だ。「デート」という言葉で僕を誘って、同じ家に住んでいるのにわざわざ駅前で待ち合わせをして、そうして時間ちょうどに集合場所に現れた彼は、わかりやすく可愛い格好をしていた。
真っ白なふわふわニットは手触りが良さそうで、膝上丈のショートパンツも、ダウンジャケットも、ニットキャップもレディースの可愛いデザイン。少女漫画の世界から飛び出して来たヒロインみたいな容貌で、駅前の人々の視線を攫っている。
最近の幸くんは外でこういう可愛らしい格好をする事が少なくなったから、余計に貴重だった。
もしかして、デートだからおしゃれして来てくれたのかなって考えるとなんだかくすぐったくて、僕なんかがこんな可愛い子の隣を歩いていいのかなって気が引けてしまう。
「あんま、じろじろ見ないでよ……」
「なんで?」
だって本当に可愛いから、素直に褒めたんだけど、そうやって複雑そうな顔をしてそっぽを向いてしまう。幸くんの心は複雑だ。コーディネート、自信なかったから、万里さんにアドバイスを貰っておいて良かった。僕のクローゼットから選んでもらったアイテムだったけど、やっぱりいつもと雰囲気が違っていて、おしゃれな感じに仕上がっている。加えて、幸くんはまるでエスパーみたいに、僕と色味を合わせたコーディネートをしていた。お揃いコーデだ。「双子みたいだね」って言葉を思い出す。隣に並ぶとピタリとパズルのピースがはまったみたい。
路線図を見上げて、つんと澄ました横顔を盗み見して、あぁ可愛いと、綻びそうになる頬の内側を噛みしめて気合を入れた。

『…………遊園地に行きたい』
あの晩、どこか行きたいところがあるかと聞いた僕に、彼は本当に消え入りそうな小さな声で、そうポツリと呟いた。これもまた、新しい発見だった。てっきりいつものように買い物とかに連れ出されるのかと思っていたのに、遊園地だなんて、デートの王道じゃないか。
そういうの、好きだったの?って言う野暮な質問は直接本人には聞けないけど、嫌だと言う理由は無くて、むしろ僕もそういうのは大好きだから大歓迎だった。

都内郊外に位置する遊園地は、小さな頃に家族で一度だけ行った事があって、その時はまだ子どもだったからどのアトラクションも迫力があってすごく楽しかった思い出しかない。今では東京有数のイルミネーションの名所として色々な雑誌で特集を組まれているせいか、この冬の時期は親子連れだけではなくカップルも多く見受けられた。
今日は幸くんに対する新しい発見が多い。そういえば、劇団のみんなと遊園地を訪れたことは何度かあったけど、幸くんが一緒なのは初めてで、今までこういう賑やかな場所は苦手なのかなって思っていたんだけど、意外にも楽しそうにしているのが印象的だった。そしてやっぱり幸くんは男前な性格をしていて、この数年で大分慣れたとは言え、未だに絶叫系もホラー系も苦手な僕に対して、
「椋、こーゆーの苦手そうだから無理しないでいいよ」と、実に空気を読んだセリフを言ってくれる。
「む、無理なんかしてないよ!」
「ホラー映画見て一人で寝れない人が何言ってんの?」
ごもっともです。
「それより。ねえ、あれ乗りたい、王子様。」
指差す先には煌びやかなメリーゴーランドがあって、カラフルな馬や馬車が、可愛い音楽に合わせてクルクルと回っている。気づいたら隣でエチュードが始まっているらしく、物語のお姫様になりきって言うから、僕もそれに乗っかって王子様になりきる事にする。
さっと、王子様みたいに手を差し出すと、
「お姉ちゃんと、お兄ちゃんは、お姫さまと王子さまなの?」
僕らを見上げてきょとんとしている小さな女の子。
幸くんは意外と子ども好きなようで、女の子に向かってにこりとお姫様みたいな微笑みを浮かべて「そうだよ」って言って、僕の背中をこっそりと突く。即興に乗っかれ、という合図だ。
よし、そっちがその気なら僕だって……
「さぁ、お手をどうぞ、白雪姫」
「はい、王子様。……えっ、ちょっ、」
手を引いて、ひょいと抱きかかえて馬に乗せると、女の子は可愛らしい悲鳴をこぼし、幸くんからは小声で抗議の声が上がる。残念ながらお馬さんは一人乗りらしいので、僕はそのまま、後ろの白馬へと移動する。未だに瞳を輝かせてぽーっとしている小さな女の子に、すれ違いざまに一言添えて。
「小さなプリンセス、今日はおしのびだから、ママには内緒だよ」
やり過ぎだ、と呆れた様子で、幸くんは前の馬に横乗りになって僕をじっと睨んでいた。

***

「うわー!すごい、綺麗!」
昼間は親子連れも多かったが、イルミネーションが点灯するくらいの時間になると、辺りはカップルで溢れかえっていた。手を繋いでいる人たちとか腕を組んでいる人たちの中で、僕の手は未だ思い切れず空を彷徨っている。役に入りきればいくらでも手くらい繋げるって言うのに、「彼氏」役の僕は相変わらずヘタレで気弱なままだった。「寒い〜」と愚痴をこぼしながらジャケットのポケットに手を突っ込んで一歩前を歩く幸くんの華奢な背中を目で追って、悟られないくらいのささやかなボリュームでため息を吐いた。
流石にここの遊園地は雑誌で特集を組まれるだけあって、イルミネーションの手のかけようが凄くて、クリスマス前のこの時期は、園内の何処を歩いても光のアトラクションみたいで楽しい。手近な場所にあった光のトンネルに一歩足を踏み入れると、空いっぱいに張り巡らされた放射線状の光に引き込まれるような感覚を覚える。
「椋、そこに立って」
「えー?写メ撮るなら一緒に撮ろうよ」
「いいからいいから」
一応、文句は言ってみるものの、ニコニコと上機嫌な幸くんに促されるままにイルミネーションの街路樹の真ん中に立たされる。道を行き交うカップルに囲まれて、僕は少し離れた場所からスマホのカメラを構える幸くんを振り返った。
「なんかポーズとってよ!」
「無茶言わないで!」
ちょっと距離を置いてくだらないやり取りを繰り広げていると、道行く人たちが微笑ましげに振り返っていくのが恥ずかしい。パシャリ、パシャリ、としばらく写メを連写されていると 、ふっと辺りの照明がシャットダウンされる。何だ?停電?と、幸くんに駆け寄ろうとすると、
「あ!!ねえ、上、見て」
空を指差すジェスチャーと、雑踏に飲み込まれそうな声につられて空を見上げる。
と、ひとすじの流れ星。
それが、ひとすじ、ふたすじと煌めき、瞬く間にめくるめく光のシャワーになる。
道行く人たちも足を止め、みんなが空を見上げていた。
綺麗だ。という言葉が声にならない。
パシャリ、と言う音が、今度は思ったより近くで聴こえて、そこでようやく僕の側に戻ってきた幸くんに気付く。スマホの後ろから覗く顔はどこか満足げだった。
「光のシャワー。前にテレビで見て、絶対に椋に見せたいって思ってた」
にししし、とドッキリに成功した子どもみたいな笑顔を浮かべて、空いた右手で僕の左手を引く。
僕の手を握る手入れの行き届いた白い手は、持ち主の言葉通りにひんやりと冷えきっていて、あぁ、もっと早く繋いであげれば良かったなって後悔する。
これを見せたくて、僕をここに連れてきてくれたの?寒がりで、インドアで、冬のこの時期、外になんか出たくない!って公言している君が。少女漫画よりももっと素敵なサプライズが目の前で起こって、心臓が、じんわりと温かくなる。
しれっと手を繋いで、「ベタすぎる?」って僕を見上げる顔が可愛くて、その上やる事がイケメンすぎて、このまま道のど真ん中で抱きしめたくなる衝動を、必死で堪えていた。
繋いだ手は冷たくて、でも確かに、握った力の分だけぎゅっと握り返してくれる。
「もう一つ、我儘に付き合ってくれる?」
「いいよ、何?」
「観覧車に乗りたい」
ピンっと伸びた真っ白い指は、爪先まで手入れが行き届いている綺麗な指だ。それが指差す方向にはキラキラした宝石箱みたいな大観覧車があって、静かに、ゆったりと、暗闇の中回っているのが見えた。

***

優先チケットまで購入していた彼の計画性には驚かされてばかりだ。観覧車の前には人だかりが出来ていたけれど、迷う事なくカバンの中から2枚のチケットを取り出して、優先エリアに並ぶ様子に、事前に色々調べてきてくれたんだろうなって感心してしまう。
遠目に見ると小さなゴンドラがたくさんあるように見えたけど、一つ一つは4人くらいの人が乗れる大きいもので、僕たちはその中の一つの淡い黄色に光るゴンドラに、係員さんの誘導で乗せられた。中は向かい合わせの座席があって、前に友達と別の遊園地に行った時は、男4人でぎゅうぎゅうに詰めて乗ったことを思い出す。2人の時はどう座ればいいんだろうって少し悩んでいると、手を引かれて幸くんのとなりにストンと収まった。
「それでは、良い空の旅を!」という係員のお姉さんの笑顔と決まり文句に見送られて、がちゃんと扉が閉まる音が狭い室内に響く。一周約15分の、空の旅の始まりだった。
「……こーゆうのって、隣に座るもんなの?」
「知らないけど、手、繋いだままじゃ向かい合わせになれなくない?」
たしかに、対面で座ると、このせっかく繋いだ手を離さなければいけない。
けれども隣同士で座ると、肩と肩が触れてしまいそうなくらいに近い距離感。僕の心臓は大分大きな音で高鳴っていて、隣の幸くんに緊張が悟られてしまいそうだった。
ゴンドラの中はひっそりと静かだ。そして、光といえば遠く地上にある園内のイルミネーションの光くらいなもので、だいぶ暗くてお互いの顔が見えにくい。
ぼんやりとした暗がりの中で目が暗さに慣れてくると、こちらを伺う幸くんの顔が見えて、いつもは凛と前を向いている飴色の大きな瞳が何かを期待するような光を宿していた。
さっきまでは気付かなかったけど、どうやら今日はファッションと同じくらいにお化粧も気合が入っているらしく、ピンクのほっぺもピンクの艶々の唇も、甘くて美味しそうなお菓子みたいに僕を誘ってる。
『手を繋いでもいいし、抱きしめてもいいし……』
先日、彼から言われた言葉が蘇る。
手を繋いで、抱きしめて、それから、どうしたらいいの?
好きな子が無防備に隣にいるんだぞ、キスしちゃえば?
恋愛ビギナーな僕の頭の中で、良い子な僕と悪い男な僕が葛藤している。
せっかくの観覧車なのに周りの景色なんて目に入らなくて、ただ、大きな潤んだ瞳に映るキラキラのイルミネーションが、宝石箱みたいに綺麗だなぁって思った。
長い睫毛が伏せられて宝石箱が閉じられると、それを合図にして、お人形みたいに愛らしい顔に手を添えて唇をそっと重ねる。ほんの一瞬、触れるだけの、バードキス。
キスなんて数えるくらいしかした事ないけど、何度目かのキスは、とろりと甘い苺の味がした。
ペロリと、唇に付いたグロスを舐めると、苺の味はこれかと納得する。
閉じられた瞳がゆっくりと開かれ、僕の顔を確認すると、チークの乗った頬を更に赤くして、照れを隠すように視線を窓の外へと逸らしてしまった。
「あ、ほら、見て。もうすぐ天辺だよ」
ぴたりと手のひらを窓に張り付けて、外を眺める横顔。
これも、新しい発見。キスをすると照れて、僕の目を見ようとしない。
僕にイルミネーションを見せたかったって言って、遊園地に連れてきてくれた事も、デートに可愛い格好をして来てくれる事も、アトラクションではしゃぐ姿も、幸くんの一挙一動が格好良くて可愛すぎて、こんなにずっと一緒にいるのに、1日1日を積み重ねていく毎に、もっともっと好きになってしまう。
「……椋、今日は付き合ってくれてありがと」
観覧車の頂上。一番高いところに到達して、静かなゴンドラの中で、幸くんは窓の外を眺めながらそう告げた。窓の外には一面の光の絨毯が広がっている。さっき見上げた光のシャワーとはまた違った視点だったけど、どっちがいいとか比較出来ないほどに壮大で美しい。
そんなの、お礼を言いたいのは僕の方だった。
君と2人でこんなに素敵な景色を見れるだなんて思わなかったから。
照れた横顔のままでこちら見ない幸くんの腕を引いて、驚いた顔を思わず腕の中に抱き止めてしまう。どうしよう、つい、抱きしめてしまったけれど。景色も素敵だけど、僕の方も見てって。
そこまでやってしまって、腕の中でうめき声を上げる幸くんに気づいて、慌ててパッと手を離す。
「あああ、ごめん、痛かったよね」
「ううん、……へいき」
「あのっ、僕の方こそ、本当に楽しかったから!ありがとう!」
「ほんと?」って、ちらりと嬉しそうな顔を覗かせて、ようやく彼の瞳の中に僕が映った。
「……少し早いけどメリークリスマス、幸くん」
クリスマスまでにはまだちょっと日にちがあるけど、今日は僕の可愛いサンタさんに、最高のプレゼントを貰ってしまった。この綺麗な景色と、ステキな思い出と、可愛い君と過ごす時間。
当日はきっと、寮で大好きなみんなとどんちゃん騒ぎだと思うから、今日くらいは君を独り占めさせて欲しい。
ゆったりと下降していくゴンドラ乗って、あと少しだけは、世界で2人きりの時間。
「……今年もサンタガールするの?」
「えっ、ダメ?」

***

「おかえり♡」
満開寮談話室、いつもだったら人気の多いその場所で、今日は珍しく一人で静かにワイングラスを傾ける人影。あず姉だった。酔ったそぶりなんて見せずにシラフな顔で、面白いおもちゃを見つけた、と言わんばかりに俺の姿を確認してぱあっと顔色を変える。
「……ただいま。」
「遅かったねぇ〜、門限アウトじゃない〜?ふふふ」
「うっっっざ!」
もちろん成人している大人の多いこの寮では、夜にバイトを入れている人もいるので決められた門限なんて無くて、ただ、未成年で高校生組の俺と椋は、常識的な範囲での帰宅をするようにとは言われている。第一、まだ9時過ぎだ。夜のショーを見て、夕食を済ませてからの帰宅だったので予定よりは少しばかり遅くなったとはいえ、まだ他にも帰宅していない人も多い時間帯だった。
「椋はもうお部屋かな?」
「ううん、寒いから先にお風呂入ってくるって。俺もお風呂行ってこようかな」
どさりと音を立てて、両手いっぱいの土産物をダイニングテーブルへと置く。
ありがちなクッキーみたいなお土産と、クマみたいなネコみたいな、よくわからない遊園地のマスコットキャラのぬいぐるみ・・いらないって散々言ったのに、椋が買うから荷物が増えた。それから、可愛いボトルに入ったキラキラな石。これは帰りがけの土産物コーナーの隅っこにあった子供向けのゲームの景品で、可愛いと思ってつい挑戦してしまったやつだ。
自分用みんな用のお土産を仕分けして、テーブルに広げる。
「これみんなにお土産。食べて」
洋菓子の箱をぽんとあず姉に渡して、その場を後にしようとすると、ちょんと指先でおでこを小突かれて、色気たっぷりの微笑みを向けられる。
「ふふふっ。明日も休みなら、ちょっとおしゃべりに付き合っていきなよ」
「やだよ。どうせ根掘り葉掘り聞くんでしょ?」
「…………恋の香りの魔法は、効いたのかなって。」
ドキリ、か。ギクリ、か。
心臓が跳ねて、きっと元の場所に戻ったはず。
赤ワインのグラスをクルクル揺らして、俺を覗き込む瞳は、多分誰にも気付かれないけど相当に酔っているんだろう。抗うことは出来なくて……と言うか、誰かに聞いてもらいたくて、おとなしくあず姉の対面の席に座る。
「ハンドクリーム、まだある?」
「……あるけど、何?」
「頑張った幸に、特別にハンドマッサージをしてあげるよ。手を貸して」
「ん、」
そういうことなら、って、カバンからハンドクリームを取り出してあず姉に手渡す。パッケージにはローズピンクの薔薇の写真。冬の始めに、「貰い物なんだけどね、恋する香りなんだって。」って悪い事を企む悪い大人の台詞とともに彼から貰った物だった。
あず姉はほんっとうに目ざとくて、ハンドクリームを手渡した俺の手元を意味ありげに見やって、ふうん、と意地の悪い笑みを浮かべてる。
「素敵な手袋だね。そんなの持ってたっけ?」
「う、……るさいなあ!クリスマスプレゼントだよ!」
真っ白なラビットファーのふわふわな手袋は、帰り道に渡されたちょっと早めのクリスマスプレゼントだった。「素敵な物を生み出してくれる、幸くんの手が冷たくないように」って。プレゼントはもちろん、そんな思いやりが嬉しくて、その場で着けて帰ってきたのだ。
手から外して大事にテーブルの上に置いて、気恥ずかしい感じであず姉に両手を差し出す。
ニコニコと、チューブからクリームを出して、まず、俺の右手に塗り込む。やんわりと手のひらと甲を揉まれて、心地よい刺激だ。お酒を飲んでいたからか、あず姉の手は温かくてぽかぽかとしていた。
「イルミネーション、綺麗だった?」
「うん。あーゆうのちゃんと観に行ったの初めてだったんだけど、綺麗だね。みんながこぞって観に行くのがわかった」
「あそこの遊園地はお化け屋敷が評判らしいけど、見てきた?」
「ううん……それは椋が苦手だったから、行かなかったけど……」
ぽかぽかとした手のひらに包まれて、ついウトウトしてきてしまう。
薔薇の優しい香りが辺りを包む。桜や梅のエッセンスも入ってるんだよ、春を待つ香りだねって、この人が言っていたのを思い出した。キツすぎない、程よい香り。
心地よい暖かさと香りと、それから高すぎず低すぎない、落ち着いた声。あず姉の問いに乗せられるように、思わず答えてしまう。まずいな、この人はやっぱり、聞き上手だ。
「メリーゴーランドに乗った、お姫様みたいにエスコートしてもらって。……あと、観覧車にも乗った。空から見るイルミネーションも綺麗で、その、」
「ロマンチックなシチュエーションだね、密室で、2人っきりの静かな空間だ。夜景が綺麗で、それで、どうなったの?」
手を揉まれながら、ゆったりとした、抑揚のない声に促されるままに、言葉が勝手に口を割って出てくる。もうここまでくると、催眠術の域だと思うんだけど……
「……キス、した。」
「ふうん」
手の動きは止めることの無いまま、あず姉は目を逸らした俺をニヤニヤと見つめる。
そこで俺はハッと我に返って、握られた手を振り切ろうとした、が、離れない。
「作戦成功、おめでとう。幸」
「なっ!作戦じゃない!!」
「椋の好きそうなデートプランやサプライズを考えたり、可愛いねって言われたくて、万里に裏から手を回して今日着ていく服を決めたり。作戦じゃなかったらなあに?計算?」
「言い方が悪い!そっちの方がやだ!」
俺の手をふんわり握って、逃がさない、と言わんばかりの満面の笑顔。
この人に何か相談した覚えは無いが、あず姉はたぶん、全部知っている。
俺たちが学園祭の後から付き合いだしたことも、俺が初デートの行き先に悩んでいたことも、椋が着て行く服に迷って万里に相談していた事も、俺がそれを聞いて今日の服を決めたことも、全部、何故か、筒抜けだった。
グッとたじろいでいると、 切れ長の瞳を細めて、まるで微笑ましいものを見るような目で俺のことを見てくる。やめて、そんな目で見ないで。
「…………楽しかった?」
あず姉はちょっと意地悪。でも、優しいところもあって、ドライな関係の実の姉よりもよっぽど、姉ちゃんっぽいって言うのが本音だ。本人に言ったらすごい喜ぶから、絶対に言わないけど。
「……うん」

「幸くーん、僕のぬいぐるみ、そっちに混ざってない?」
顔を真っ赤にして頷いた所で談話室の扉がバタンと開かれて、たった今話をしていた渦中の人が姿を現して、俺は思わず身が飛び上がるくらいには驚いた。
椋はさっき話していた通りにお風呂上がりみたいで、ルームウエア姿でタオルを掛けていた。
赤い顔であず姉のハンドマッサージを受けている俺を見つけて、首をかしげる。
「あ、この匂い、ハンドクリーム?」
「そうだよ。椋にもやったげようか?おいで」
「えぇ?いいんですか?」
「だ、だめ!!椋はだめ!魔法にかかっちゃう!」
微笑んで手招くあず姉に、ぱぁっと喜んだ顔を見せる椋の腕を掴んで引いて、俺は赤くなった顔を今度は青くして、慌てて首を左右に振る。馬鹿だ、何だ「魔法」って……。
意味がわからず不思議そうにしている椋に、机の上に並べられたクマだかネコだかのぬいぐるみを掴んで押しつけるように差し出した。
「これでしょ?マッサージなら俺がやってあげるから、俺の部屋に行こう!」
「え?えぇ?良いけど、どうしたの?慌てて」
「別に何でもない!あず姉ありがと!おやすみなさい!」
そうやって椋の背中を押して、談話室を後にしようとする。
後には面白そうな様子のあず姉と、状況を飲み込めていない椋と、焦りまくってる俺。
「椋、遊園地は楽しかった?」
あず姉が、グラスに残っていた赤ワインを飲み干して、機嫌よく、椋に問いかける。
椋は一瞬だけ目を丸くして、それから大きく、笑顔で頷いた。

「はい!」

送信中です

×

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です